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フランシス・フォード・コッポラ監督作だからといって、『ゴッドファーザー』三部作や『地獄の黙示録』のようなのを期待する人は即座に忘れたほうがいい。まあ、後者などは相当にぶっ壊れた映画だけれど、はっきり云って次元が違う。
このところのコッポラ映画は完全にインディペンデント映画作家のスタンス。相変わらず自身の製作会社アメリカン・ゾエトロープの名を冠してはいるが、大手スタジオとの提携とは縁を切って、もう自分のやりたい放題好き放題。ナパ・ヴァレーでのワイナリー経営もきわめて順調なようだし資金面の余裕ってものもあるかも知れぬが、ハリウッドの束縛から解き放たれて映画を作ることの嬉しさ愉しさに満ちみちている。そんな"自分の撮りたいものしか撮らない主義"に転じてからの作品......『コッポラの胡蝶の夢』『テトロ 過去を殺した男』に続く本作はさらに自由奔放・天衣無縫でひたすら唖然。
エドガー・アラン・ポオゆかりの田舎町に、新刊本のキャンペーンで訪れた怪奇作家ホール・ボルティモア (かつてバットマンだったことも忘れさせるほど肥りまくったヴァル・キルマー。ボルティモアって名前もポオを連想させる)。町の中央には、七つの盤面がそれぞれ別の時を示す面妖な時計台がある。まるでこの町そのものを異なった時が支配しているかのようだ。折しも数日前、胸を杭で貫かれた少女の変死体が発見され、保安官(ブルース・ダーン)のオフィスにまだ安置されたままでいる。
その夜、作家は夢を見る。夢のシーンでは赤い色以外、色彩が消えている。青白い月明かりの森へと分け入ると"V."と名乗る白いコルセット姿の不思議な少女(エル・ファニング)が現れる。瞼と頬と唇だけがほんのり赤い。歯列矯正の金具をつけた彼女は12歳らしい。とりとめもない話をしながら歩き続けると目の前に現れたのは、かつてポオも宿泊したチカリング・ホテル。何故か彼女は中へは入ろうとしないが、作家は入る。カーテンと暖炉の火だけが赤い。そんなサロンに経営者らしい夫婦が出迎える。妻はギターを持ってフォークソングの「Big Rock Candy Mountain」をいきなり歌いだす。主人が言うことには「ここには12人の子供が埋められていて、一人は逃げて地獄に落ちた」...。V.こそが、その逃げた少女なのか? ホテルを出た作家は、地下から湧き出てくる子供たちと、聖職者らしいひとりの男を見る。帰り道、危なっかしい吊り橋で作家を助けたのは、あろうことかエドガー・アラン・ポオその人だった......。
現実世界では妻からスカイプで金を工面しろとせっつかれ、無断でホイットマンの初版本を売られそうになる作家。ただ酒に溺れるしかない彼は(ポオもまた酒に溺れた人物だった)、これぞ自分の書くべきものだと発奮し、図書館とかで過去の調査をやりはするものの、基本的には眠って夢を見ることで(!)新旧ふたつの殺人事件の取材を始める。
原題の"Twixt"は「中間」「どっちつかず」という意味だが、まさにこの映画、現実と夢がほぼ同じ比重で進行していく。いや、夢のほうがインパクトはすっと上だ。なんせポオと話しちゃったりするんだから。ま、この映画のとんでもなさを味わっていただくために、これ以上のストーリー紹介は避けるけれどね。
ちなみに「ヴァージニア」というのはポオの娶った、有名な少女妻の名前に由来する。それと同時に、「イニシャルV」はもちろんエルちゃん扮する謎の少女の名でもあり、作家ボルティモアのトラマとなっている亡き娘の頭文字でもある。あなたが怪奇映画ファンならば、『妖婆死棺の呪い』というソ連映画にもなったゴーゴリの幻想短編「ヴィー」を想起するかも知れない。
誰もがきっと感じるだろうが、デイヴィッド・リンチを......というよりは、はっきり『ツイン・ピークス』を思わせる雰囲気。完璧にコントロールされてはいるが、フィルムっぽさは微塵もないデジタル映像。ハナシのつじつまとかオチとか、ほぼ無いに等しいストーリー! これが徹頭徹尾コッポラの趣味(とりわけ文学面の嗜好)に正直に作られた「ザ・幻想映画」なのは明らかだが、でもいちばん判ってるなあと感心するのがエルちゃんの歯列矯正器具! ラスト近くの、衝撃的なワンショット(笑)を観るがいい。コッポラはこれが撮りたいがために本作を作ったに違いないのだっ!!
text: Milkman Saito
監督・脚本・製作: フランシス・フォード・コッポラ
撮影: ミハイ・マラメイア・Jr
製作総指揮: アナヒド・ナザリアン、フレッド・ルース
キャスト:ヴァル・キルマー 、ブルース・ダーン 、エル・ファニング、ベン・チャップリン、ジョアンヌ・ウォーリー、デヴィッド・ペイマー、アンソニー・フスコ、オールデン・エアエンライク、ブルース・A・ミログリオ、ドン・ノヴェロ、リサ・ビアレス
英題:TWIXT
製作年:2011年
製作国:アメリカ
上映時間:1時間29分
配給:カルチュア・パブリッシャーズ
ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国にて公開中