12 11/09 UPDATE
1979年。中東イランで世界を震撼させる事件が起こった。アメリカを後ろ盾に文化開放政策を取るいっぽう、莫大な浪費と厳しい反体制派弾圧を繰り返して、オイルショックのあとは急激に民衆の支持を失っていたパフラヴィー国王が、ついに国から追われて王政が崩壊。反体制派とみなされ国外に逃れていたシーア派法学者ホメイニが帰国して、イスラームの教義に基づく共和国を樹立した。すなわち「イラン革命」である。
その後パフラヴィー国王は病気治療の名目でアメリカに亡命。しかしそれに怒ったイランの学生を中心とする過激派が、1979年11月4日、テヘランのアメリカ大使館に大挙押しかけて占拠するに至る。彼らはパフラヴィー国王の身柄引き渡しを要求、その人質として大使館員52人をスパイ容疑で監禁したのだ。
しかし占拠寸前、大使館員6人が裏口から脱出、カナダ大使邸で匿われていることが判明する。もし彼らが革命防衛隊に見つかれば、まず間違いなくスパイと見做され公開処刑、それを盾に52人の命も保障できなくなるだろう。しかも過激派側は、占拠直前にシュレッダーにかけられた大使館員の写真つき名簿を、子供たちを動員して復元させていた。ひとりひとり照らし合わせれば、大使館にいない6人が特定されてしまう。
......と、まあ、ここまでがこの映画の大前提。解決までに444日間を要したアメリカ大使館占拠事件は当時大きく報道されたので覚えている人も多いだろう。ただ、これはそのウラで起こった話。脱出したものの逃げ場を失った6人の救出作戦を描いた実話である。実話ではあるものの、まさに小説よりも奇なり。こんなアホアホな計画でよくも......と誰もが驚くはず。
CIAの人質奪還のプロ、トニー・メンデス(ベン・アフレック)が立てたその底抜け大作戦とは、ある夜、TVで『最後の猿の惑星』を観ていてひらめいたもの。'79年といえば『スター・ウォーズ』に始まったSF映画大流行のまっただなか。柳の下のドジョウ的SF映画が実際いっぱい作られもした。メンデスはそんな風潮に便乗、エキゾチックな異世界を舞台にしたスペース・オペラを企画し、ロケハン隊を装ってイランに入国、6人をスタッフに化けさせて逃亡させるというものだった!
しかし、ただ企画しただけではあわやというときにすぐにバレてしまう。だから実際に映画人を巻き込んでしまう、ってのが凄い。......というか、そういう時にすぐに協力してくれるCIAシンパがハリウッドにはいるってことだ。ひとりは『猿の惑星』で革新的特殊メイク術を披露したジョン・チェンバース(実名で登場するが、演じるはジョン・グッドマン)と大物プロデューサーのレスター・シーゲル(本当は特殊メイク師のボブ・シデルだったらしいが、演じるはアラン・アーキン)。まず、このふたりに架空の製作会社を立ち上げてもらう。脚本家組合を通して、中東的なロケーションが必要な未映画化シナリオをちゃんと買い上げる(そのタイトルが『アルゴ』。金の羊毛を奪い返しに行ったギリシャ神話の「アルゴノート」...ハリーハウゼンの『アルゴ探検隊の大冒険』で有名な...を掛けている)。絵コンテも用意し、製作発表パーティをLAで開いてマスコミを呼び、大々的に業界紙に採りあげさせる。ただしそれらは全部ウソ、イラン政府を騙すためにまずアメリカ国内をペテンにかける偽映画プロジェクトを仕掛けたのだ。そしていよいよメンデスは、プロデューサー補を装ってトルコ経由でイランに入国。革命防衛隊の捜索は着実に迫っている。さて6人の奪還は成功するか......?
監督は自らメンデス役も演じるベン・アフレック。彼は俳優業だけでなく、かつては盟友マット・デイモンとのコンビで『グッド・ウィル・ハンティング』の脚本を書いたり、近年では『ゴーン・ベイビー・ゴーン』『ザ・タウン』と立て続けに秀作フィルム・ノワールを放った才人監督でもあるのは周知のとおり。そのどちらも、今様のサスペンス・アクションというよりはやや懐かしさを感じさせもするムードを持っていたが、本作もまた然り。なんせ冒頭のワーナー・ブラザーズ・ロゴからして、70年代~80年代前半に使われたソウル・バス・デザインのものをわざわざ使っているのだ! これだけでもアフレックの意図が読み取れるではないか。
アクションらしいアクションなどない。ただ、綿密に計算されたミッションが着々と進められていく過程を追うのみである。だけど予期せぬアクシデントがやたらと起こる。それはイラン側の猜疑心だったり、アメリカ当局筋の方針転換だったり。しかしメンデスの、窮地をものともしない行動力・決断力は、これがかつて冷戦時代にいちジャンルを成したスパイ・サスペンスであることをはっきりさせる。現在のようなハイテク機器がないのも、ドキュメンタリ的で荒削りに見える映像も(撮影は名手ロドリゴ・プリエト)ニュー・シネマの残り香を濃厚に漂わせる70年代タッチだ。
ミッション自体は命の危険に直面する悲壮なものだし、クライマックスの緊迫感はただごとではない。ただ、作戦そのものがなんともありえなすぎるものだからつい笑ってしまう、というのが本作の魅力。と同時に、この偽プロジェクトを通じて、「バッタもんでも、丁寧に作ればホンモノに肉薄できる」という"映画の真実"を教えられた気になっちゃいもするのである。
ま、僕のようなイラン映画好きとしては、革命下のイランがあまりにステレオタイプな「悪」として描かれていると思わぬでもない。だが実際、あのときの革命隊に冷静さは消え失せていたようだし、革命以降現在にまで及ぶイラン国内の表現・思想の制限・弾圧を思えばなんとも複雑で暗鬱な気分にもさせる、とだけ付け加えておこう。
text: Milkman Saito
監督・脚本:ベン・アフレック
キャスト:ベン・アフレック、トニー・メンデス、アラン・アーキン、レスター・シーゲル、ブライアン・クランストン、ジャック・オドネル、ジョン・グッドマン、ジョン・チャンバース、ケリー・ビシェ、キャシー・スタンフォード
英題:Argo
製作年:2012年
製作国:アメリカ
上映時間:2時間
配給:ワーナー・ブラザーズ映画
全国ロードショー中
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