12 12/13 UPDATE
『赤い文化住宅の初子』『俺たちに明日はないッス』『百万円と苦虫女』......。青春の心のナマ傷に、荒塩をなすりつけるような映画。それがタナダユキの映画だとすれば、ちょっとあっけにとられるほどに彼女のために書かれたような小説なのである。窪美澄の連作長編は。
本作はいわば群像劇なのだけれど、とりあえずは主人公らしきものを高校生の卓巳(永山絢斗)に置いてみる。彼は住宅地の中で助産院を営む寿美子(原田美枝子)のひとり息子。いわゆる母子家庭なのだが、よく知らない父は今も母を頼ってときどき金を無心しているらしい(この父をちらっと演じるのは『ミロクローゼ』の石橋義正監督! なんでも原田美枝子の推薦なんだとか)。
卓巳は学校帰り、たびたびあるマンションの一室を訪れる。入るとそこにはアニメのコスチュームとウィッグ、そして手書きのシナリオが。寝室に入るとベッドにはアニコスした主婦・あんず(田畑智子)がいて、卓巳はシナリオ通りに彼女の理想のキャラを演じながらセックスする。友人に連れられてたまたま行ったコミケで出会って以来、ふたりはこうした情事を続けているのだ。卓巳に好意を持ってくれる可愛いクラスメイトもいて、こういう異様な関係は解消し、まともに青春チックな恋愛関係を築こうともしてみるのだが、もはや自分が思っていた以上に卓巳はあんずを愛してしまっていた。
実はあんずは子が産めない。だから卓巳はいつも中出しOKなのだが、彼女の家庭はだからこそ深刻だ。高校時代のいじめられっこ同志で結婚した夫(山中崇)は「いじめられっこのDNAを引き継いだ子なんて生きていけるわけない」と子づくりに消極的。しかし彼の母親...つまり姑(銀粉蝶)は執拗にそれを求める。ヒステリックなまでにあんずに不妊治療や体外受精を強いて、マザコンの夫もそれに逆らうことができずにいるのだ。
一方、卓巳の幼馴染の親友・福田(窪田正孝)は、痴呆症の祖母との極貧生活にもがいている。そんなとき、同じ団地に住むあくつ(小篠恵奈)に見せられたのが、インターネットからプリントアウトされた卓巳のスキャンダラスな写真。何者かによってそれは学校じゅうに、そして近隣にバラまかれ......。
ほとんど精神的童貞小僧の卓巳は、このセックスから新しい愛の生活が始まると思っている。だけどあんずにとって卓巳とのコスプレセックスは「現実も見なくて済むから」程度のことであり、あるいは子作りを強要する母子への当てつけであり、純粋に快楽のためのものである。身体を交わせているからといって心まで交わってなどいないのだ。
ただし、あんずに悪意はなく、演じる田畑智子もあまりに可愛く健気なのでドス黒くは見えないのであるけれど、孫欲しさにほとんど常軌を失いかけている義母とあんずが土手を並んで歩く長いシーンを観る(聴く)がいい。義母は言葉だけはやんわりと、石女であるあんずを非難し、さらなる不妊治療を強要する。彼女は自転車を押している。チェーンがカリカリと回る音の、そのテンポの変化や高低が、言葉とは裏腹な義母の苛立ちや怒りを代弁する。それに気づいていながらも、あんずはそれをにこやかに聞き流す。朝の光の中の一見穏やかなシーンだが、その裏では地獄のような黒い感情が渦巻いている。
だが、さらに深刻な生の理不尽にあがいているのはむしろ福田だ。彼が祖母と暮らすのはいわゆる「団地」、高度経済成長の名残りはとうの昔になく、今は児童虐待やDV、育児放棄が日常化している。コンビニで夜中じゅうバイトするくらいでは生活はおばつかず、あまつさえ祖母を見捨てて新しいオトコに走った母親が、その金を目当てにたまに戻ってくる始末。それでも福田は耐えている。鬱屈や怒りが溜まっていないわけではない。だから卓巳のスキャンダルをその捌け口にしたりもする。理不尽に耐えている、というよりすでに未来をあきらめているのだ。むろん勉強に熱が入るわけもなく進学も考えていない。
だがそんな福田にバイト先の先輩・田岡(三浦貴大)は「団地から抜け出す方法を考えろ」と勉強を教えてくれるようになる。田岡は元予備校教師で医者の息子らしい。そんな彼が成せコンビニなんかで働いているのか? 実は彼は、矯正しがたい"性癖"を抱えつつ生きているのだ。自分が望んだわけでもない余計なオプションを与えられ、それを投げ出すわけにもいかない田岡は、ほんとうのところこの物語で最も生/性の暗闇に立つ人物である。だが福田は彼という存在を知ることで、現状から抜け出そうと一歩踏み出すのだ。
さらにこの映画全体を大きくまとめるのが、卓巳の母で助産師の寿美子である。やっかいなオプションを抱えて、このやっかいな世界で生きていかねばならない新しい命の誕生を手助けするという存在。自分の仕事がそもそも抱える矛盾にあれこれ悩みながらも、彼女(と梶原阿貴演じる元ヤンキーの助手。彼女のお悩み一刀両断的モノ言いは最高!)はこの街の人々を見守るのである。
text: Milkman Saito
監督:タナダユキ
脚本:向井康介
キャスト:永山絢斗、田畑智子、窪田正孝、小篠恵奈、田中美晴、三井貴大、銀粉蝶、原田美枝子
英題:The Cowards Who Looked to the Sky
製作年:2012年
製作国:日本
上映時間:1時間22分
配給:東京テアトル
11月17日(土)テアトル新宿他全国ロードショー
©2012「ふがいない僕は空を見た」製作委員会