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それにしても、とことん挑戦的な映画だ。ヴァイオレンスが? ま、確かに凄い。とことんまでやりまくる。でもタランティーノの映画なんだし、あたりまえのことだ。西部劇の時代に黒人がガンマン? それも映画の世界では戦前からあったし、'60年代ブラック・パワーの時代以後は何本も作られたことがある。
しかしアメリカの歴史の汚点といえる奴隷制度を、ただ単に批判したり文学的に捉えたりするんじゃなくて、これほど様々な角度からアプローチしたエンタテインメントというのはなかったんじゃないか? アメリカ(のみならずヨーロッパでも)の黒人がひたすら搾取されていたというのは事実だろうが、可能性として、その掉尾となる南北戦争勃発前夜にまで至ると、これくらいの多様的現象が生まれていても不思議じゃないな、と感じさせるだけのものが、このいっけん荒唐無稽に見えるマカロニ・ウェスタン風映画には描かれているのだ。
1858年、南北戦争の数年前。テキサスの荒野を延々と、奴隷商人に裸で鎖に繋がれて歩いていく黒人たちの姿から映画は始まるが、もうのっけから何のてらいもなく、あの主題歌が流れるので顔がほころぶ。こういう娯楽的虚構のノリで全篇突っ走るからね、という宣言みたいなモノである。
幾日幾晩引きずられ続けたのか、ある夜、黒人たちを急き立てる奴隷商人の前に、屋根に大きな歯のディスプレイをブラブラさせて現れたのが、歯医者と名乗るドイツ人、キング・シュルツ(クリストフ・ヴァルツ)。三つ揃いにシルクハットのシュルツは礼儀正しく挨拶をして「ある農場にいた者はこの中におられますかな?」と尋ねる。と、鎖の列の中から名乗り出た奴隷こそがジャンゴ(ジェイミー・フォックス)だ。歯医者というのはとっくの昔に捨てた姿、実は名うてのガンマンで賞金稼ぎであるシュルツは、高額な懸賞金をかけられたお尋ね者三兄弟の居場所を探しに来たのだ。ジャンゴはその三兄弟の顔を知っている......どころか、苛めに苛められたあげく、愛する妻のブルームヒルダ(ケリー・ワシントン)ともども連れ去られ、別々の農場に売りさばいた憎っくき仇だったのだ。その夜からジャンゴとシュルツは賞金稼ぎのパートナー同士、拳銃については師匠と弟子のような関係になって、お尋ね者ハンティングの旅に出る。
タランティーノのことだから、過去のマカロニ・ウェスタンからの引用・オマージュもたっぷり、音楽もエンニオ・モリコーネやルイス・バカロフらの結構有名なチューンが流れまくり (それがいちいちぴったりくるので、相変わらずの選曲センスに驚くが)。ちょい出のゲスト出演も西部劇、ニューシネマ、スプラッタあたりの人材から大盛りだが、このあたりのネタはちょいとネットで調べれば山ほど出てくるだろうからあえて触れない。
なにより面白いのが、タランティーノの前作『イングロリアス・バスターズ』で"ユダヤ・ハンター"と呼ばれるナチの軍人を好演し一躍インターナショナルなスターとなったクリストフ・ヴァルツの役割。ここでもやはり"ハンター"(バウンティ・ハンター)ではあるものの、人種差別意識のまったくないドイツ移民を演じていること自体が皮肉だ。しかも彼は(ナチの民族主義の喧伝にも使われた)ワーグナーの楽劇「ニーベルンクの指輪」のエピソードを持ち出して、ジャンゴを「君こそジークフリートだ」などと讃えたりする。英雄ジークフリートは囚われの戦乙女ブリュンヒルデを助け出した騎士的キャラクター。ジャンゴの妻ブルームヒルダとはブリュンヒルデの英語形であるから、これはもう明らかに叙事詩的ラヴ・ストーリーの物語原型に基づいて作劇されているのである。ちなみに宮崎駿の『崖の上のポニョ』の半魚人ポニョもブリュンヒルデと名付けられていたから、あのアニメーションの少年・宗介の系列にジャンゴもいるのだ、などといってみたりして。
そんなこんなで突き止めたブルームヒルダの居場所。彼女は残忍で横暴なフランスかぶれの大農園主カルヴィン・キャンディ(レオナルド・ディカプリオ)に買われていた。キャンディはローマ皇帝よろしく、豪邸のフロアで黒人奴隷同志を戦わせる悪趣味なギャンブル(ここはもうリチャード・フライシャーの'75年作『マンディンゴ』)にハマっている金と権力と時間をもてあましている男。賞金稼ぎコンビはブルームヒルダ救出を画策するが、そのままでは潜入できそうにない。そこでふたりは黒人闘士を売り買いする奴隷商人になりすまし、プランテーションに入り込むが...。
搾取を真っ向否定する男ジャンゴが、同朋を白人相手の商品として扱う憎悪の対象を演技することの苦々しさ。これも半シリアスな可笑しさだが、さらに邪悪極まるキャンディも、常にそばにいる老奴隷(サミュエル・L・ジャクソン)に育てられ、実は農園の実務もすべて彼に任せた息子のような立場であるというのもひねくれている。人前では愚かな老奴隷を演じながら、ドアひとつ向こうではプランテーションすべてを牛耳っているだけの存在感を"ご主人様"レオに対して見せつけるサミュエルの演技がまた笑わせるのだ。
少なくとも、これほど複雑に搾取の構図を見せた映画は記憶にない。エクスプロイテーション映画の形を借りてエクスプロイテーション(搾取)のさまざまな形を描く......いかにもタランティーノらしい傑作じゃないか。
text: Milkman Saito
監督・脚本:クエンティン・タランティーノ
キャスト:ジェイミー・フォックス、レオナルド・ディカプリオ、クリストフ・ヴァルツ、ケリー・ワシントン、サミュエル・L・ジャクソン
英題:Django Unchained
製作年:2012年
製作国:アメリカ
上映時間:2時間45分
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
丸の内ピカデリーほか、全国公開中