honeyee.com｜Web Magazine「ハニカム」

このタイトルってかなり問題だよな、とアメリカ人でない僕は思うわけです。リンカーン！なんて正面切って堂々とぶちかまされると、「あのヒゲ面の大統領が、人民の人民に...とかなんとか演説する映画でしょ？ んで劇場で暗殺されて......」とほぼ100％誰もが想像するに違いないのだ。

ところが、そんな映画ではぜんぜんねぇじゃねえか！という驚きがまずはある。いわゆる「伝記映画」に属するものとはちょっと別物と思ったほうがいいだろう。冒頭シーンでリンカーン(ダニエル・デイ＝ルイス)は戦地を訪れ、黒人兵たちの愚痴を真摯に聞いている。そんななかでひとりの兵士が「あの、"人民の、人民による、人民のための政治"って演説、よかったスよ！」なんてこと言うのだ！ え？もうゲティスバーグの演説、終わっちゃってるの？というんでまず愕然。 それほどアメリカ史に詳しいわけではないからピンとこなかったのだが、この映画の舞台は1865年1月、南北戦争が始まって4年目のこと。有名な演説の約1年後なのである。ということは、奴隷解放宣言も終わっちゃってるってことだ(なんでも公開版ではスピルバーグ自身がこのあたり解説したイントロダクションがアタマに付くそうです)。

じゃあ、この映画では何が語られるのか？ その「宣言」を実際に効力のあるものとするため、憲法を改正するのが必要と考えたリンカーン陣営が「合衆国憲法修正第13条」を提出、それを可決させるために奔走したひとつき間......これがほぼすべてなのだ。うお、地味(笑)。でもこれが面白い。

ま、二人の子供を戦地で亡くし、かなりヒステリックになってる妻(サリー・フィールド)との険悪さや、そんな父母の思いを振り切って入隊してしまう(諦めさせるために酸鼻極まる傷病兵施設まで見せたのに！)息子(ジョゼフ・ゴードン＝レヴィット)ら家族の話も絡むものの、正直、観終るとかなり印象薄。メインはなんといっても修正案可決に必要な、議会の3分の2の票を集めるための、あの手この手の工作なのである。

あの清廉潔白イメージのリンカーンが「工作」って？......と思うだろう。でもこれがけっこう汚い手まで使っちゃってるのだ(笑)。で、ここでアメリカ史シロウトを戸惑わせるのが「共和党」と「民主党」のポリシーおよび関係性。コレ、現在とまったく逆と思って構いません！ つまり、リベラルで奴隷制度反対で、南北戦争もやむなし、とするのが共和党、すなわちリンカーン側。保守的で、奴隷制度賛成で、南軍との戦闘にも反対しているのが民主党。そこんとこ理解せず、現代の図式にあてはめて観ていると確実に数十分は混乱する。げんに僕はそうでしたから。

で、リンカーンは、修正案に反対必至な民主党議員の票を獲得するため、議員ひとりひとりにターゲットを絞って切り崩しにかかる。それはもう、現代の政治戦と同じこと。買収、重要ポストの約束etc...。そんな根回しを誰にやらせるかといえば、なんとロビイストを使うのだからいよいよ今と変わらない。スピルバーグもこれが面白かったんだろう、ジェイムズ・スペイダー、ジョン・ホークス(『ウィンター・ボーン』)らクセのある俳優を活き活きと飛び回らせている。

しかも厄介なことに、共和党内にも問題児がいる。「黒人は白人と平等になるべきだ！」と公言してはばからない急進派の下院議員サディアス・スティーヴンス。実は共和党議員のほとんどもそこまでは思っていなかった。逆に民主党勢力は「サディアスを怒らせて、"黒人にも投票権も財産も与えよう"と明言させろ！そうすりゃ票離れが起こるだろう」と足元見られる始末で、リンカーンも内心は支持していながらも「いや、ここはなんとかもうちょっと穏便に、法的平等くらいで妥協してよ」みたいな説得を始めるのだ。このあたり、いよいよオバマ政権の政治闘争(具体的には完全に保険制度改革についての駆け引きね)を想起させずにはいられないのだな。

このリンカーンをも困らせたラディカルな一匹狼(でもヅラ) スティーヴンスを演じるのがトミー・リー・ジョーンズ。デイ＝ルイスの巧さはもういつものことだからさして驚かないが(まあ、見た目のソックリさんぶりには驚くが)、本作のトミー・リーのチャーミングさはホントもうたまんないのよね。後半なんて彼がぜーんぶ持ってくほどのこの作品、今年のアカデミー助演賞は彼が貰うべきだったと個人的には思っています(『ジャンゴ 繋がれざる者』のクリストフ・ヴァルツも最高だが、彼はもはや主演でしょ)。トミー・リーのお茶目な持ち味がおそらく世界一判っているだろう日本人なら、きっと納得していただけるに違いありません。

text: Milkman Saito