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ふたりのイームズ:建築家チャールズと画家レイ

ふたりのイームズ:建築家チャールズと画家レイ

イームズ夫妻の素顔に迫ったドキュメンタリーフィルム

13 5/14 UPDATE

チャールズ&レイ・イームズ夫妻といえば、ミッド・センチュリー・デザインの代名詞的存在。このサイトをご覧の方なら今さら語るべきことはないかも知れない。資料もドキュメンタリも数多くあることだし。

でも、この稀有なアーティスト夫婦の創造上における関係性だけでなく、プライヴェイトにまで迫った作品は僕の知るところ初めてだ。原題も「イームズ:建築家と画家」、つまりエリエル・サーリネンの薫陶を受けた建築家であった夫チャールズと、ハンス・ホフマン門下としてアメリカ抽象美術の先駆者でもあった妻レイを意味しているように、このふたりの資質の差異こそがイームズ・デザインのユニークさであることがよく判るドキュメンタリになっている。

互いに尊敬しあい、お互いの才能を補完しあいつつ二人三脚で地歩を固めてきた夫妻。しかも現状に満足することなく、世界と戯れるように次々と新しい分野に手を拡げていく。......まあ、ここまでなら立志伝的なお話で、よくある芸術ドキュメンタリだ。しかしここでは、ふたりのいわば"苦手分野"も正直に伝える。例えばチャールズは、シンプルで機能的で理知的な"イームズ的デザイン"の多くを持っていたものの、色彩にはとんと自信がなく、すべてレイに任せていたこと。またIBMとの付き合いなどから理数系の概念に惹かれていったチャールズに対し、レイはひとり取り残されていく感慨を抱いていたこと、など。さらに、ふたりが出会ったときチャールズはすでに既婚だったこと(その頃交わしたラヴレターはチャールズからレイに送ったものしか残っていない)。夫婦となってからも、チャールズにはいろいろと他に女性関係があったこと(しかもそのひとりは夫妻と一緒に映画を作っている!)......など下世話なところまで語られるのがイイところ。もちろん仕事面についても、イームズ・オフィスの元スタッフ・デザイナーたちがかなり歯に衣着せず言いたいことを言いまくっている (笑)。

もちろんイームズの諸活動全般についても語られているのだけど、本作では映像方面に時間が多く割かれているのが特徴的。とりわけヴィジュアル・コミュニケーターの先駆としてのイームズに焦点が当てられている。

その出発点は展覧会や博覧会で多用された映像だ。モスクワでの「アメリカ博」('59)、カリフォルニアでのIBM「マテマティカ」展('61)、NYでの万博やワールド・フェアでのIBM館('64-'65)、建国200年記念の「フランクリンとジェファーソンの世界」展('75)。......不特定多数の観客に、エキシビションの(あるいは自分たちの)テーマやメッセージを、視覚でもって明確かつ簡易に伝えること。かつ観客とのインタラクティヴな指向を持つこと......これはイームズのデザイン・コンセプトそのものでもあった。

本作では'59年のアメリカ博映像を「プロパガンダだった」と複数人が証言しているけれど、国力や軍事面のアピールを求めたアメリカ政府の目を徹底的にかいくぐったそれは思想的には極めて温厚なものだった。ナレーションを排し、市井の人々と普遍的なアメリカ的ランドスケープ(だがその構図は素晴らしくグラフィックだ)と音楽だけで実験的な7面マルチスクリーンを構成する。そこには少なくとも表面的には楽天的な、イームズの見た「アメリカの美」しかなく、いわゆるプロパガンダ映画的な押しつけがましさとは無縁だったろう。しかしCM映画やプレゼン映画でも証明されるヴィジュアル・コミュニケーション能力の高さが、プロパガンダ的に絶大な効力を発揮した、とはいえるかも知れない。

伝説の22面マルチスクリーンで有名な'65年のIBM展をさておいて、もうひとつ大きく採りあげられるのがNYでは不評だったと伝えられる'75年の「フランクリンとジェファーソンの世界」展。展示物も文字量も膨大で、常人の理解するところを遥かに超えていた、この百科全書的な「何でもあり」感は、それまでのイームズのスタイルとは確かに逆方向。整然としたオフィスの中でまったくの別空間を作り上げていたレイの部屋......まるで自分の世界をブリコラージュ化したかのようなレイの嗜好がチャールズに乗り移ったかのようでもある。

だが、建国の時代そのものを伝えたい、フランクリンとジェファーソンの宇宙をそのまま再現したいというイームズの野望は、象徴的なバファローをも含めた圧倒的なヴィジュアル群で埋め尽くすことでしか叶えられなかったのだろう。作品中でもコメントされるけれど、これはまさにインターネット的発想だ。幾層もの知のレイヤーをストレートに提出したかったからああなっちゃったのだ、と思えるのだ。さらに言えば、些末な史料さえ世界の細胞と捉えるものの見方は、身の回りの事物に美を見出し、身体の中に宇宙を観る、汎神論的ともいえるイームズ本来の思想につながる(映像の代表作『パワーズ・オブ・テン』を観るべし!)。酷評された展覧会は、実はイームズの本質に最も近く、来るべきヴィジュアル・コミュニケーション時代を先取りしたものだったのかも知れない......そんなことを考えさせる映画でもある。

text: Milkman Saito

原作・監督:ジェイソン・コーン、ビル・ジャージー、キャスト:ジェームズ・フランコ、チャールズ・イームズ、レイ・イームズ
英題:Eames: The Architect & The Painter
製作年:2011年
製作国:アメリカ
上映時間:1時間24分
配給:アップリンク
http://www.uplink.co.jp/eames/
渋谷アップリンク、シネマート六本木ほかにて公開中
© 2013 Eames Office, LLC (eamesoffice.com).


「『ふたりのイームズ』公開記念:イームズ映像作品集 THE FILMES OF CHARLES & RAY EAMES」
公開を記念したイームズ映像作品の上映イベントが渋谷アップリンクにて開催。代表作「パワー・オブ・テン」をはじめ、イームズ夫妻の遺した映像作品37本を限定上映。
プログラム詳細はこちら

日時:2013年5月22日(水)〜6月5日(水)
料金:一律500円(トーク付上映のみ1ドリンク付きで1,000円)
会場:渋谷アップリンク
東京都渋谷区宇田川町37-18 トツネビル1-2F
tel: 03-6825-5503