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コンスタントに新作を作りながら、どれもがかなりの重量級で、しかも高水準絶対保障。そんな映画作家のひとりが、デンマークのスサンネ・ビアだ。いや、彼女とコンビを組む脚本家アナス・トーマス・イェンセンとの"ふたり"だと言ったほうがいいか。『しあわせな孤独』『ある愛の風景』『アフター・ウェディング』『未来を生きる君たちへ』......世界情勢を踏まえながら、世界規模で繰り広げられる「家族」の愛憎物語はいつも僕の心を震撼させる。
しかし今回の映画は完全にロマンティック・コメディの範疇に属するもの。意外といえば意外だが、彼女の映画には常におかしみの要素があるし、イェンセン自身の監督作品はすべてコメディだし、ビア自身もかつてはロマコメで売り出したらしいし。主演もスタンリー・ドーネン・タッチのお洒落なTVシリーズ『探偵レミントン・スティール』でブレイクしたピアース・ブロスナンだ。とはいえ、これは英国映画でも米国映画でもない。ビートルズをもじったような凡庸なタイトルも英語題に準じたもので、これはれっきとしたデンマーク映画。原題は、なんと......「坊主頭のヘアドレッサー」という。なんじゃそりゃ。
数年かかった乳癌の治療が一段落し、家に戻ったイーダ(『未来を~』のトリーネ・ディアホルム)が目撃したのは、居間のカウチで若い女とセックス真っ最中の夫・ライフ。なんでも相手は会社の経理係で、不倫関係は治療中の2年半前から続いているという。ふたりは娘・アストリッドの結婚式で南イタリアに行く寸前だったが、夫婦別々に向かうことに。
さて、空港の駐車場。ムカムカした気分のなか、ここ数年は甘受してたのだろうが、身障者用スペースに停めるのを拒否したくなったイーダが黄色い車をバックさせると、ちょうどやってきた黒くて立派なクルマにがっつり接触しちまった。
はい、ここで "ボーイ・ミーツ・ガール(齢は食ってるけど)"。相手は偶然にも、新郎の父・フィリップ(ピアース・ブロスナン)。結婚式が行われる、レモン園を擁した別荘の持ち主だ。
結婚式3日前。かつてはフィリップが亡き妻と過ごした別荘に親族がたくさん集まってくる。周りの空気が読めず無神経な亡妻の妹とその娘(母のせいでヒネクレ者になり問題児扱い)もやってくる。夫のライフはなんと浮気相手を同伴してきた! 新婦アストリッドの弟で軍人のケネトも戦地から駆けつけるが、父と仲の悪い姉弟は激怒し一触即発状態に。さらにイーダも、新婦に新郎が結婚をためらっていると泣きつかれ......マリッジブルー? いや、そんな生易しい事態ではなかったのだ!
文字にしてみりゃ結構各人の状況は深刻で、それもまたビア&イェンセンの目論見だろうが、テンポもセリフも極めて軽快。ロマンティック・コメディ好きにしてみりゃほぼ完璧なペースで映画は進む。南伊ソレントの色彩豊かで美しすぎる風景(出し惜しみせず、きっちりそれを見せるのもプロの仕事)、そのカラフルさに負けじと、フィリップは青、イーダは赤、と衣装の色合いもきっぱり原色系だ。
式直前まで問題が続発するなか、当然これはロマコメですからイーダとフィリップに愛が芽生える。イーダは実は、癌治療の後遺症で禿頭。いつもはブロンドのウィッグをしている(なのに職業は美容師、という矛盾が原題の意味だが、さらに「心は丸坊主状態でも、それをドレッシングしてくれるのが"愛"なんだぜ」というロマンティックな暗喩まで籠められているのだろう)。心乱れたイーダは、ウィッグも服も脱ぎ捨てて別荘下の海で泳ぐ。それを見かけたフィリップは「沖に流されるぞ!」と慌てて駆けつけ、彼女のありのままの姿を見てしまうのだ。片方の乳房には明らかな手術の痕。だが、すべてを察知したフィリップは動じることなく、紳士的にレモン園へと導いて、過去のある初老男女の暖かな時間が流れはじめるのだ。優しさに満ちた、いいシーン。これがあるというだけで観る価値がある。
text: Milkman Saito
監督:スサンネ・ビア、脚本:アナス・トーマス・イェンセン、キャスト:ピアース・ブロスナン、トリーネ・ディアホルム、キム・ボドニア
原題:Den skaldede frisor
英題:LOVE IS ALL YOU NEED
製作年:2012年
製作国:デンマーク
上映時間:1時間56分
配給:ロングライド
TOHOシネマズ シャンテ、新宿武蔵野館ほか全国公開中
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