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はじまりのみち

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原恵一監督、初の実写映画。私淑する木下恵介監督生誕100周年記念映画にして、過激なオマージュ。

13 6/14 UPDATE

日本映画黄金時代の巨匠・木下惠介監督。主に'40年代から'60年代にかけて放った『カルメン故郷に帰る』('51)『二十四の瞳』('54)『喜びも悲しみも幾年月』('57)等々の諸作は、人気・評価ともに黒澤明よりむしろ評価が高かったほどだ。去年は生誕100周年記念の年であり、各地で回顧上映やリヴァイヴァルが行われたけれど、その掉尾を飾るのが木下惠介自身が書いた、ある短いエッセイをもとにしたこの記念映画である。

なんといっても監督&脚本の人選が素晴らしい。「クレヨンしんちゃん」シリーズの中でも圧倒的に評価の高い『嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲』('01)『嵐を呼ぶアッパレ!戦国大合戦』('02)、そして『河童のクゥと夏休み』('07)『カラフル』('10)等の傑作をモノし、まさに日本を代表するアニメーション監督のひとりである原恵一なのだ。彼にとってはこれが初の実写映画。かねてから木下惠介映画の影響を認め、熱烈なファンであることを公言していただけあり、メディアの違いなど飛び越えて、彼特有の繊細かつ微細な感情表現が詰まった作品になっている。ま、原恵一の演出家としての実力を知るアニメファンにとってはさして意外でもないことだが。

時は1944年。若き木下惠介(加瀬亮)は戦意高揚の国策映画として4本目の監督作『陸軍』を撮った。しかし、出征する息子のいる隊列を、どこまでもどこまでも追っていく母(田中絹代)の姿が、皇国の母として軟弱だ、女々しい、けしからん、と当局から睨まれ、次回作の製作も中止させられてしまう。

人間の喜びや悲しみを描くことの、いったいどこがいけないのか。創造の自由を封印され、戦争一色になってしまった映画界......いや、社会に嫌気がさした木下は松竹に辞表を提出。東京大空襲のさなかに脳溢血で倒れた母、たま(田中裕子)が療養している浜松に向かう。戦局は悪化の一途をたどり、木下家は山間の村へ疎開することにするが、問題は母をどう運ぶかだ。悪い山道のバス移動は、いまの母の容態を悪化させること間違いない。

そこで惠介は、寝たままの母と身の回り品を乗せた二台のリヤカーで、兄の敏三(ユースケ・サンタマリア)と、雇った「便利屋」(濱田岳)との3人で、夜中の12時に浜松を出発し山越えすることにする。

夏の終わりとはいえ、太陽は照りつける。と思えば、突然の豪雨に見舞われる始末。それでも3人は、延々と続く坂道を歩き続ける。リヤカーの母を傘で覆い、太陽と雨を避けながら17時間休みなく歩き通す。身も心もクタクタになって、やっと夕方、宿場町に辿り着くが疎開客でどこもいっぱい。ようやく見つけた宿に着くやいなや、汚れに汚れた自分たちより先に、母の顔についた泥を井戸の水で丁寧に拭う惠介。その姿をを見て、皆粛然となるのだった。

そんなちょっとしたシーンにあらわれる、市井の人々のあたたかさ、感情の機微......かつて木下映画がその代表格であった「日本映画らしい品格」を大切に保とうとしているのがいい。木下作品によく出てくる形のいい雲や激しい雨、そして陽光の描写。そして戦後、彼がやがて撮ることになる『二十四の瞳』の大石先生や『破れ太鼓』('49)の阪東妻三郎などのキャラクターを彷彿とさせる人物も織り込まれていて映画ファンはニヤリとするだろう。

確かにこれは木下惠介へのオマージュ映画である。まず作品の成り立ちがそうなのだから仕方ないが、構成はかなり大胆。木下は一般に「抒情派」の監督といわれ、今もそう見做されてそれゆえに当時よりも軽く見られているのは疑いないところだが、これはその「抒情」の部分だけを模倣したような作品ではないのだな。

なんたって本作は「母をリアカーに乗せて歩いていく」、ただそれだけの映画と言い切っていい。ここで僕たちが確認し、しっかり再認識しなければならないのは、木下惠介は「実験的」で「過激」な作品をかなりの数撮った監督であるという忘れられがちな事実。全編人工的なセットと照明で撮った『楢山節考』('58、これも息子が母を山に送る映画だ)。全カットが異様に傾き、前作『カルメン故郷に帰る』の続編を期待した観客を完全に裏切った『カルメン純情す』('52)。モノクロ画面の一部に大胆な着色を施した『笛吹川』('60)等々、思い切った試みを数々試みた作家でもあるのだ。

原恵一は師の、このチャレンジ精神に敬意を表して、ことさらにドラマティックな物語を避けたのだろう。木下惠介が実際に体験した「母をリアカーに乗せて歩いていく」、ただそれだけのミニマルな行程の中に、戦争への激しい怒りやクリエイターとしての絶望、そしてそれを乗り越えクリエイターとして再起するまでの物語を描きぬこうとしているのだ。もちろん普遍的にみて、社会との軋轢の中で悩む現代の若きクリエイターへエールを送る映画でもあるのは間違いない。

ただこの作品、「オマージュ」の度合いもかなり大胆で過激である。作品中に『陸軍』の問題のラストもノーカットでしっかりと挿入。いったん物語が終わって後のラスト20分は、戦後の木下映画の代表作をずらっと並べるクリップ集だ。少々やりすぎの感がなくもないけれど、この小さな旅がその後いかに大きな成果を日本映画界に残すことになったか、それをしっかり検証したかったのだろう。原恵一ファンは20分間の木下作品ダイジェストが終わってすぐ挟まれる、ほんとうのラストショットを見逃さないように。いわば原恵一の刻印であり、心の師木下へ捧げる映画監督としての決意表明のようでもあるから。

text: Milkman Saito

監督・脚本:原恵一、キャスト:加瀬亮、田中裕子、濱田岳、ユースケ・サンタマリア、斉木しげる
製作年:2013年

製作国:日本

上映時間:1時間36分

配給:松竹
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