honeyee.com｜Web Magazine「ハニカム」

森に囲まれ、自然と一体化した広い庭を持つ古い邸宅で、少女インディア (ミア・ワシコウスカ)は18歳の誕生日を迎えた。しかし最愛の父が突然亡くなってしまい、まったく判りあえない母エヴィ(ニコール・キッドマン)とのあいだには気まずい空気が流れ続けている。そもそもインディアには、遠くの音やひそひそ話を聴きとり、花瓶の表を見ながら裏側の模様を描いてしまうような、ちょっと超自然的な感覚の鋭さがあって、利己的でだらしない母とは相性が悪いのだ。

白い箱のなかの、大きさだけが違う十数個の同じスニーカー。これは父からの毎年のプレゼント。大きなベッドの真ん中に横たわるインディアの周りを囲んだ靴は、それだけで彼女がこの館に半ば閉じ込められるように育ってきたことを暗示している。しかし樹の上で見つけた今年のプレゼントは違った。箱こそ同じだが、中身は一個の「鍵」。これは何の鍵だろうか......？

葬儀のあと、ほどなくして長年"行方不明"だったという叔父チャーリー(マシュー・グード)が邸宅の一員となった。ある日インディアは、「友達になりたい」という彼とピアノで連弾する。交叉する手と脚、ミニマルな音型(『ピアノ・レッスン』のマイケル・ナイマンに対抗するかのように、同じミニマル派のフィリップ・グラスがわざわざオリジナルを提供)がインディアの感情と肉体を昂ぶらせ、吐息が荒くなり......。その夜、インディアはストッキングを這う細長い脚の蜘蛛が股間に潜りこむ夢を見る。しかしチャーリーとはそもそも何者なのだ？

かなりゴシックなムードで進行するこのミステリ、原題を「ストーカー」という。監督はパク・チャヌク、そう、『復讐者に憐れみを』『オールド・ボーイ』『親切なクムジャさん』の"復讐三部作"で世界を震撼させた韓国の奇才だ。だから、そういう「付きまとう者と付きまとわれる者のサイコ・サスペンス？」とどうしても想像してしまうワケだが、でもよく見りゃスペルが違うじゃないの。こりゃ「吸血鬼ドラキュラ」を書いたブラム・ストーカーのほうの綴りだ。

果たして「ストーカー」とは邸宅の一家の姓である。そうなると『渇き』なる吸血鬼映画も撮ったパク・チャヌクだから、そっち系かな？とチト思う。しかし実際の映画はむしろ、付きまとうほうのストーカーに近く、吸血鬼はてんで関係なかったりするんだけどね(ただし終盤からオチの展開を見ると、「吸血鬼ドラキュラ」におけるドラキュラとミナ・ハーカーの関係を意識しているのは確かだろう)。

ただし今回、「復讐もの」の要素はまたしてもあるのだ。しかし例の"三部作"のような、観る者にじとっ、とまとわりつく湿った空気はここにはない。それはおそらくハリウッドという新天地の空気の差異と、少女と大人の女のあわいにある繊細過敏なインディアの感性に執拗にこだわったからだろう。

だがそれにしても、綿密かつ硬質でグラフィカルな画づくりは凄まじい限り(撮影は『オールド・ボーイ』以降の盟友チョン・ジョンフン)。パク・チャヌクらしい邪悪さはしっかり残しながらも、タイトル・シーンから終始途切れることなく、洗練の粋を見せつけるように炸裂し続ける。その隙のないコンポジションはあまりに人工的で、ヒッチコックの亜流だなどと鼻につくヒトもたーくさんいるでしょうが、ブライアン・デ・パルマのような"そのまんまパクリ"では全くなく、ほぼ手持ちの短いショットを丹念に紡ぎあげる独創的なもの。文字通り、瞬きも惜しんで食い入るしかないのである。

ま、ニコール・キッドマンは『誘う女』のセルフパロディみたいだし、あのTVドラマ『プリズン・ブレイク』主演のウェントワース・ミラーが書いた(!)脚本もいい線いってるものの極上とまではいかないだろう。でもそんなこたぁどうだっていいのだ。インディアの性の目覚めと破瓜の象徴的描写(先に挙げた蜘蛛やピアノ、ゆで卵の殻、水ぶくれ、路上の分離線......そして靴へのフェティッシュ！)が、異様にセンシティヴな映像と音響の力でもって補強され、至る所でマジックが起こっている。その澱んだエネルギーの溜り場はどうやら邸宅の庭にあるようなのだが......なんだ、あの真ん丸な巨石群は？ その下に何があるのか確かめるべし！

text: Milkman Saito