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25年目の弦楽四重奏

25年目の弦楽四重奏

人間関係の末期状態となった弦楽四重奏団を巡る、ウディ・アレン的な悲喜劇

13 7/26 UPDATE

僕はもともとトランペット吹きなもので想像するしかないのだが、管楽に比べ弦楽はやはりアンサンブルに向いている。楽器間の特徴の差異が少ないからなにしろ響きが親和しやすい。だがその一方、近親憎悪のような感情もまた沸き起こりがちなんじゃないか? デュエットなら気が合わなきゃ別れりゃいいが、人間3人集まるトリオや4人集まるクァルテットになると、もはやそれは小さな「社会」である。とりわけ作曲家の本質が凝縮されるという「弦楽四重奏曲」という形式は奏者四人の心理的バトルを煽り立てるようなのばかり。ハイドンやモーツァルトの時代ならいざ知らず、そんなふうに変質させた元凶は間違いなくベートーヴェンだ。

この映画の原題は「A Late Quartet」。その元凶男が書き、古典音楽の最高峰と誰もが認める "後期弦楽四重奏曲(Late Quartets)の一曲"である第14番を、"ある末期状態の弦楽四重奏団(A Late Quartet)"が演奏するまでを描いた人間ドラマだ。

しっかしこのNYを本拠地とし、世界に名を轟かす四重奏団......「フーガ・クァルテット」の末期状態はもうかなりヤバいところまで来ている。むしろ、よく25年も続けてこれたなあ、と思わせる人間関係であるからして(笑)。

まず第一ヴァイオリンのダニエル (マーク・イヴァニール)。あまり人と交わることもない音楽史上主義者で、日々弓を自分で削り、馬の尻尾を自分で手に入れて弦を張る。楽譜には25年間の軌跡を思わせる細かい書き込みがいっぱい。とてもストイックな音楽バカだが、四重奏団の音楽リーダー的役割を担っている。

音楽性では彼に劣らないが、縁の下の力持ち的役割をずっと担ってきた第二ヴァイオリンのロバート(『ザ・マスター』や『カポーティ』のフィリップ・シーモア・ホフマン)はもともとソロ指向。かつて作曲家を目指したこともあるが、それを断念し、この四重奏団に25年を捧げてきた。その理由は、同じクァルテットのヴィオラ奏者ジュリエット(キャサリン・キーナー)を妻にした、ということが大きい。

ジュリエットの亡くなった母親もかつて四重奏団を組んでいたのだが、ひとりだけ年長者のチェロ奏者・ピーター(クリストファー・ウォーケン)はその団友。彼女にとっては親替わりでもあり、請うて年少者の楽団に加わってもらった格好である。フーガ四重奏団にとっても精神的支柱といえるが、なんと突然このピーターがパーキンソン病を患って引退宣言! それをきっかけにロバートの鬱屈した思い......本当はもっと自由に音楽がやりたかった、とか、楽譜に縛られず暗譜でやりたい、とか、第一ヴァイオリンを曲によって交代したい、とか、縁の下の力持ち的役割に徹してきた者なればこその日ごろの鬱屈した思いが、若いフラメンコ・ダンサーとの浮気騒動と一緒になって噴出する(そもそもジュリエットは、妊娠しちゃったから仕方なく結婚したんじゃないかという疑惑がずっとある)。

しかも音楽バカの禁欲主義者に思えたダニエルまで、あろうことかぐっと年下の女性ヴァイオリニスト (イモージェン・プーツ)とデレデレの恋に落ちちまう! しかも彼女は ロバート&ジュリエット夫妻のひとり娘! そもそも彼が独身を通してきた要因は、かつて恋人関係にあったジュリエットとの学生時代の別れにありそうで......。

はい、人物相関図がアタマの中に描けましたか? そもそも映画や演劇が「人間関係の縮図を描くもの」であるとするならば、弦楽四重奏団って単位はまさにうってつけ、「人間関係の縮図」そのものなのだ。まずはそれを発見した監督・脚本アーロン・ジルバーマンに喝采を送ろう(クラシックの知識も相当あるはずで、物語には「古典音楽を現代の聴衆によりよく伝えるにはどうすべきか」といったテーマも含まれている)。しかも、この笑うしかない下世話バナシ(そう、いっけんシリアスに見えるけれど、本作はまさしくコメディ。それが言い過ぎならウディ・アレン的な意味での悲喜劇だ)が、彼らが25周年記念コンサートに選んだベートーヴェンの「弦楽四重奏曲第14番」のありかたとシンクロしてくるのが面白い。

この曲、当時としてはケタ外れに前衛的・実験的で、だいたい4楽章と決まっていた弦楽四重奏曲の形式を無視した全7楽章、しかも間合いなく続けて演奏(アタッカ)されるというもの。40分ほどかかる曲の間、調弦する時間もなく、狂っていくピッチをお互い合わせながら突っ走るしかないというシロモノで、それが崩壊しかけの25年目の弦楽四重奏団に重ね見えてくる。果たして25周年記念コンサートは成立するのか? 果たして四重奏団は25年目の大波乱を乗り越えられるのか?

いずれ劣らぬ俳優陣のアンサンブルは、知名度のいささか劣るイヴァニールも含め極上。中年クライシスに襲われた男のどうしようもない不安定さ、身も心もグチャグチャになっていくさまを完璧に演じるP.S.ホフマンはもちろん、それぞれワン・アンド・オンリーなキャスティングであります。

text: Milkman Saito

監督・脚本:ヤーロン・ジルバーマン、キャスト:フィリップ・シーモア・ホフマン、クリストファー・ウォーケン、キャサリン・キーナー、マーク・イヴァニール
原題・英題:A Late Quartet

製作年:2012年

製作国:アメリカ

上映時間:1時間46分

配給:角川書店

http://25years-gengaku.jp/

角川シネマ有楽町他全国ロードショー中

©A Late Quartet LLC 2012