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パシフィック・リム

パシフィック・リム

「日本のアニメや特撮の世界観」を前面に打ち出した、画期的ハリウッド映画

13 8/22 UPDATE

昨今、国を挙げて「クール・ジャパン」などと日本の漫画、アニメ、ポップスなどのポップ・カルチャーを海外に波及させようという動きがある。でもそんなことお上が言い出すずっとずっと前に、日本のアニメや特撮は海外の子供の心に深く深く根付いていた。それを証明するようなハリウッド映画が『パシフィック・リム』だ。

ひとことでいって「ロボットと怪獣がどつきあう」映画。ロボットは実写版『トランスフォーマー』のようにぐちゃぐちゃ不定形に変容するんじゃなく、『鉄人28号』や『マジンガーZ』のような、昔ながらの鉄のカタマリの大巨人。そして怪獣も決して「モンスター」じゃなく、ここははっきりしておかなくちゃならないが「KAIJU」なのだ。ちゃんとそう発音もされ、アルファベットで表記もされる。オニババ、オオタチ、ライジュウなんて名前がつけられた奴もいる。つまり完全に「日本のアニメや特撮の世界観なんですよ」とはっきり前面に打ち出した、画期的なハリウッド映画なのだ。

お話はいたって簡単。2013年8月10日、太平洋の深海に突如開いた「時空の裂け目」から、巨大な未知の生命体が出現。"KAIJU"と呼ばれるようになったそれは、環太平洋沿岸の諸都市を猛襲して数日のうちに壊滅させた。そこで人類は英知を結集し、人型巨大兵器「イェーガー」を開発。頭部のコクピットに右脳と左脳を司るふたりのパイロットが搭乗し、「ドリフト」と呼ばれるプロセスで完全に精神を融合。そのとき人間とマシンはひとつになり、イェーガーはパイロットふたりの動きそのままに戦えるようになる。つまりマシンを歩かせるときはパイロットも歩き、パンチを浴びせるときはパイロットも腕を振るい、さらに必殺技をくらわせるときはワザの名を叫びながら浴びせる(ま、コンピュータにそれを認識させるため、という理由付きだが)という、大変にアナクロで間の抜けたシステムなのだが(それこそロボット!と僕は言いたいのだが)。

イェーガーはその絶大な力でKAIJUたちを撃滅したが、それもわずかの間。KAIJUたちはより強大化、そしてさらに巨大化してイェーガーは敗退を続け、ついに作戦自体が中止となってしまう。......でも、ここまでは冒頭のほんの数分、プロローグ。いわば第二話からこの映画は始まるのである。

兄とコンビを組んで連戦連勝を誇ったイェーガー「ジプシー・デンジャー」のパイロット・ローリーは、今はKAIJUから都市を守るための防護壁建設に身をやつしていた。5年前の戦闘で、KAIJUにイェーガーを大破され、兄の命も奪われたからだ。そんな彼の前にかつての鬼隊長が現れる。彼に連れて行かれた香港には、壊されずに残ったイェーガーたち......オーストラリアの「ストライカー・エウレカ」、ロシアの「チェルノ・アルファ」、中国の「クリムゾン・タイフーン」、そしてアメリカの「ジプシー・デンジャー」の4機がレジスタンスたちによってチューンナップされていた。彼らに与えられたミッションは新たに現れるKAIJUたちを倒すこと、そして太平洋の底の「時空の裂け目」に核ミサイルをぶちこんで閉ざすこと。しかしローリーのパートナーはもうこの世にいない。そのとき彼の前に、メカニック要員を勤める日本人女性・森マコが現れる......。

バットマンやらスーパーマンやらXメンやら(もひとついえば日本のガッチャマンやら)、最近のアメコミ映画に蔓延する、必要以上に深刻な物語などここにはない。苦悩やジレンマや過去のトラウマとの戦いはあるにはあるが、あくまで昔の特撮映画やアニメ程度の"お話らしいお話"。潔いほどに物語の主体は、巨大ロボットと巨大怪獣との肉弾戦だ。ロボットはみんな人型だし、怪獣もまるで着ぐるみのよう。まるごとすべてCGで作られているのに!

監督はメキシコ人のギリェルモ・デル・トロ。彼は博覧強記のオタクとして知られ、幻想文学や空想科学やアニメの知識を盛り込んだアメコミ原作映画『ヘルボーイ』シリーズや『ブレイド2』も手掛けているが、スペイン内乱期に抑圧された少年少女を主人公にした苦すぎるファンタジー『デビルズ・バックボーン』『パンズ・ラビリンス』なども手掛ける硬派な知性派監督でもある。しかし彼自ら「ルーツは日本製のアニメや特撮にある」と言ってのける男。'64年生まれの彼の少年期、メキシコではそれらが大量に放送されていて、『鉄人28号』('60)、『マグマ大使』('66)、『マジンガーZ』('72)、それに『ウルトラマン』('66)などもすべて観ていたというのだ(『ウルトラマン』はアメリカン・ニューシネマの名作『真夜中のカーボーイ』('69)にも出てくるし、デル・トロのメキシコの盟友アルフォンソ・クアロンの処女作『最も危険な愛し方』('91)でも引用。本作にもほんのチラッと、サブリミナルのようにウルトラ警備隊の制服が!)。映画館でも東宝のゴジラものや『サンダ対ガイラ』などの特撮映画が上映されていてせっせと通ったのだという。実は彼の作品で、これほど真っ正直なオタク趣味だけでできた映画ははじめて。奇妙なことに、企画は外から舞い込んだものだというが、日本製ファンタジーに限りないリスペクトを捧げる彼にとっては「映画作家として撮るべき映画」というよりも「映画作家とかなんとか以前に、自分以外の誰にも撮らせたくない、自分が絶対に撮らなければいけない映画」だったのだろう。

メキシコの少年にとって特撮テレビの中の日本人俳優に顔なじみがなかったように、本作の出演者はアメリカ国民でさえあまり顔なじみのない俳優ばかり。いちばん有名なのがむしろ森マコ役の菊地凜子だろう(盟友アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥの『バベル』でアカデミー助演女優賞ノミネート)。まさにアニメ的な健気な戦闘女子を想わせて意外に可愛いが、彼女の少女時代を演じるのが芦田愛菜。「ママ~」と泣き声しか台詞はないが、デル・トロが惚れ込んでしまったのが画面からもはっきり判るモノ凄さを見せる。

日本語吹替版は杉田智和、林原めぐみ、玄田哲章、古谷徹、三ツ矢雄二、千葉繁ら、ロボットアニメゆかりの名声優陣が結集。ケンドーコバヤシもデル・トロ映画のアイコン、ロン・パールマン演じる闇の怪獣商人ハンニバル・チャウの声で参入していて悪くないが、英語映画に頻繁に日本語が挿入される、その奇妙な感覚を味わうには3D字幕版がベストだろうな。......実は私、ヴァージョン違いで4回観てます。じゅうぶん中毒。

text: Milkman Saito

監督:ギレルモ・デル・トロ、製作総指揮:カラム・グリーン、キャスト:チャーリー・ハナム、菊地凛子、イドリス・エルバ、チャーリー・デイ、ロバート・カジンスキー、マックス・マルティーニ、ロン・パールマン、芦田愛菜
原題:Pacific Rim
製作年:2013年
製作国:アメリカ
上映時間:2時間11分
配給:ワーナー・ブラザース映画

新宿ピカデリー・丸の内ピカデリー 他 全国公開中
2D・3D同時上映

http://wwws.warnerbros.co.jp/pacificrim/

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