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夏の終り

夏の終り

瀬戸内寂聴原作、昭和30年代の一人のファム・ファタルを巡る男たちの物語

13 8/29 UPDATE

こりゃあどう転んでも敵わんわ、とオトコなら誰もが怯む恋愛女傑のひとりが瀬戸内寂聴。彼女の若き日の恋愛曼荼羅はつとに有名だが、それを多くに知らしめることとなったのが今から50年前の1963年、まだ出家前の寂聴=晴美が40歳のときに書いた小説「夏の終り」である。当時のみならず今でもじゅうぶんスキャンダラスな、女1×男2の三角関係を、今をときめく満島ひかり、綾野剛、そしてヴェテラン小林薫という実力派3人の顔合わせで描いた映画が本作だ。

時は昭和30年代。型染め作家として生計を立てている知子(満島/瀬戸内がモデル)は、東京の一軒屋で年の離れた作家・小杉慎吾 (小林/純文学作家・小田仁二郎がモデル)と暮らしている。といっても小杉には妻がいて、本宅と知子の家とを週に半分ずつ行き来しているのだが、そんな半同棲生活ももう8年目になっていた。

そんなある日、知子の留守中にひとりの男が家を訪ねてくる。その男は、知子がかつて夫と子供を捨てて駆け落ちした年下の相手・木下涼太(綾野)。涼太はもともと夫の教え子だったのだが恋に落ちて出奔、しかしうまくいかずに別れてしまってもう12年になる。彼のことは慎吾との生活ですっかり忘れてしまっていたが、留守中に会った慎吾の話によると、かなり生気がなく尾羽打ち枯らした様子だったという。その年の大晦日、知子は風邪をひいて寝込んでしまったが、慎吾は正月で本宅へ。独り寝の寂しさと、涼太の人生を狂わせたのは自分だという負い目を感じる知子は、年明けにとうとう涼太と会ってしまう。その日から慎吾と涼太、ふたりと関係を持つ日々が始まった......。

そんな今でもよくある話、とは言い難い三角関係(いや、声しか出ないが不気味な不在の存在感を示す慎吾の妻や、捨てた知子の夫を含めると五角関係になるか)が、現在と過去を往復するかたちで語られていく。猫をこよなく愛し、誰からも嫌われない飄々とした男だが、先進的すぎて文壇にもはや居場所はなく、金のため嫌っていた大衆小説を書くことにする慎吾。知子に執着するあまり、嫉妬と自己憐憫の泥沼に堕ちていく涼太。男たちは二人ともなんとも頼りなくて弱っちく、今でいえばかなりの「ダメ男」(だから妙にふたりの気が合って、知子の外遊中何度も呑みに出かけたり、一緒に港へ帰国を出迎えに行ったりする)。いっぽう知子は彼らよりずっと"男前"だ。ファム・ファタルとはそういうものであるかも知れないが、女らしい可愛さを発散しながらも、いつも自分の心に正直で、思い悩むよりも先に行動を起こす。しかも経済的にも自立していて(いわゆる職人ではなく、作家性の高い型染アーティストだ)、年上の慎吾もパトロンなどではまったくない。これはあくまで知子という惑星と、周りを巡る衛星たちの物語だから、たとえ人間関係はドロドロ状態でも、知子の強大な引力に引っ張られて画面の空気に澱みというものがない。もちろん演じる三人の個性と演技力が、それぞれのキャラクターを活き活きさせているのだが。

監督は熊切和嘉。大阪芸術大学を卒業して以来、コンスタントに映画を撮りつづけてきた彼だが、3年前の『海炭市叙景』('00)からまるで別人のように作風が変化、人間への洞察が急速に深まった感がある。今回も物語そのものは情熱的でエロティックだが、直截的なセックス描写は排除。静謐で、風通しがよく、ユーモアさえあちこちに漂わせながら、それでも「セックス」の空気を濃厚に感じさせる。本来の舞台である東京や横浜にはもはや当時の景色はなく、兵庫県加古川市や淡路島でロケーションしたといういかにも昭和な風景も人間臭さを醸し出す。

これに大きな貢献をしているのが近藤龍人の艶やかささえ感じさせるキャメラだ。ことに畳のある日本家屋内のシーンでは、たとえば市川崑『おはん』あたりのグラフィックな構図も思い出させる。また本作では、知子と慎吾、あるいは知子と涼太以外の背後の動きがいきなりピタッと静止するという面白い画面処理が2か所で施されていて、これがまた彼らだけの濃厚な宇宙をいきおい浮き出させてユニークなのだな。

グラフィックといえば、染めの型紙を用いたタイトルも秀逸。サウンドトラックだけでなく、キャバレーやラジオで流れる音楽もすべて手掛けたというジム・オルークのサウンドも素晴らしい。

text: Milkman Saito

「夏の終り」
監督:熊切和嘉、脚本:宇治田隆史、原作:「夏の終り」瀬戸内寂聴(新潮文庫刊)キャスト:満島ひかり、綾野剛、小林薫
製作年:2012年

製作国:日本

上映時間:1時間54分
配給:クロックワークス

8月31日(土)より有楽町スバル座 ほか全国ロードショー

http://natsu-owari.com/

© 2012年映画「夏の終り」製作委員会