14 2/06 UPDATE
いやぁ、これはなんぼなんでもないでしょってタイトルだけで、もう引く引く、引きまくりだ。「泣かせますよ」ということがとりあえず第一の製作目的であるような映画がやたらと作られる今の日本映画にはもううんざりだし、こういった類の作品にまず感心した覚えがないから流石にスルーしたくなるところではあるんだけど、なんせ監督が塩田明彦。『月光の囁き』『どこまでもいこう』『害虫』『カナリア』、さらに本作と同様の東宝系エンタテインメント『黄泉がえり』『どろろ』など、作家的にも職人的にもその才覚を見せつけてきた監督の、実に久々の新作なのだからこれは観ずにはおけないのだ。
果たして。
作家的には、ここまで好き勝手やっていいのかねというべき暴走映画。まず、泣かせることを第一義に企画されたに違いない映画なのに、あろうことかそれを徹底的に拒絶する。それどころか、ほとんどすべてを「笑い」へと変換してしまうとは! そう、これは異形のコメディ映画なのだ。映像的にも、ワンシーン・ワンカットを基調としつつ、そのロングテイク表現の多様性を、シーンごとに異なった手法で実験しまくるやりかたが恐ろしくスリリング。普通ならここぞという泣かせどころも、こっちが心配するくらいに外すハズす。それでいて職人監督としての顔もしたたかに残してはいて、凡百の催涙映画とは違う次元で、しっかりテーマの核心を「涙」とは違うところで観る者の心に植えつけるのだ。
タイトルにあるように、実際のカップルのTVドキュメンタリを元に作られた「真実の物語」...... "based on a true story"ものではあるのだが(ちなみに本編に出るタイトルは「抱きしめたい」のみ)、とりあえずそこは拘らなくてもいいのではないか。
舞台は北海道の網走。まず映画は登場人物の親族友人らしき人々の宴会からはじまる。座敷で呑んでいるのは年代もバラバラだし、障害を持っている人も多くいる(実在のお笑いコンビ「脳性マヒブラザーズ」は、あとで衝撃のネタ披露)。まだ幼い男の子と、その父親・雅己(錦戸亮)とその父母(國村準・角替和枝)もいる。どうやら集まっているのは、今は亡き雅己の妻を弔い、懐かしむためであるらしい。その亡き妻の母親(風吹ジュン)もみんなと親しげに交わっている。つまり何事かがすでに完結した状態からドラマは始まるわけだ。これからのお話は、いたずらにドラマティックにハナシを盛ったりしませんよ、そういう次元から一歩引いたところから観ていただきたい。塩田明彦の、そういう決意表明のようなプロローグを経て物語は始まる。
そのボーイ・ミーツ・ガールは網走の市民体育館で起こる。タクシー運転手の雅己は社会人バスケチーム(その名も「網走アルカトラズ」!!)に所属する"健常者"。つかさ(北川景子)は高校生時代に追突事故に遭い、左半身の麻痺と記憶障害が今も残る車椅子の"障害者"。彼女は障害者スポーツ・ボッチャの練習で体育館を予約していたのだが、施設の手違いで雅己のチームとダブルブッキング。いきなり揉め事になるのだが、上位に立つのはつかさの方。そう、これは構造的に、女性上位を旨とするスクリューボール・コメディを基本としているのだ。
障害者ゆえに見舞われる"上から目線"に反発して、より上から目線でいることを心に決めたようなつかさは、隣町のショッピングモールに雅己のタクシーを使って買い物に立ち会わせる。スピードを上げる車椅子、並ぶ商品の列。追う雅己。矩形に進路を曲がるつかさ。そのコンポジションにはポール・トーマス・アンダースンの『パンチ・ドランク・ラブ』を想起させる幾何学的な動きがあり、さらにすっとぼけたオチの快楽と、つかさが負った記憶障害ゆえの苦味がある。あるいは、遊園地の回転木馬シーン。木馬にはつかさだけが乗る。回転にあわせてつかさは上下する。台座にいる雅己はつかさの唇にキスしようとするが、相手は上がったり下がったりで断続的なものになってしまう。でも何度も何度も、小刻みにキスをする......実にロマンティック、でもちょっと奇妙なシーンだが、これってヒッチコック『汚名』におけるケイリー・グラント&イングリット・バーグマンのキスシーンの塩田ヴァージョンじゃないんだろうか?
これらがすべてワンシーン・ワンカット。冒頭のシーンで和解するのは判っているが、この時点では障害を介しての恋愛に互いの両親は猛反対だ。息子の結婚に怒って家を出た父とそれを追う雅己を追う直線的な手持ちキャメラ、そこから急変して激昂しあう二人をパンで拾う動きの面白さ。夫となった雅己の浮気を疑って妊娠中のつかさが激昂、ほどなく疑いが解けるまでの感情の変化を一室内での固定キャメラ長回しで捉えたシーンの、絶妙な緊張と緩和。......ともあれ、つかさが亡くなってしまうのは冒頭で判っているんだけど、その箇所の描写も「泣かせ路線」を狙う製作者側にケンカ売ってんのちゃうか、と思わせるほどとことんドライだ(ちょっと市川崑の『おとうと』ぽいのがいい)。
ここまで書くと、安易なお涙頂戴映画へのアンチ映画なのかな、と思われるかもしれない。確かにそうなんだろうけど、「職人監督」でもある塩田明彦は映画の中盤で、有無を言わせぬほどにテーマの核心を衝く、真摯なシーンをしっかり据えるのだ。結婚に猛反対するつかさの母が、この事実に直面して娘を見守って行ける覚悟があるのかと問い詰める場面。そこで雅己が見せられる、事故以後のつかさを映したDVD(そか、媒体はいまやDVDなんだという驚きはある。しかも映画では、二人が観るモニターそのものを延々と映す!)......。そこでのつかさのリハビリ姿は凄絶そのもの。それを演じる北川景子の恐ろしいまでのリアルさは、この映画全体から受けるコメディエンヌとしての才気と相俟って、演技者としての急成長を確信させるに充分だ。
泣けはしないが心に響く。こんなタイトルになったのはいろいろ事情もあるだろう。だけどそれで引くのは勿体ない! まさに「映画」の愉しみがとことん味わえる一本なのだから。
text: Milkman Saito
監督:塩田明彦、脚本:斉藤ひろし、塩田明彦
キャスト:北川景子、錦戸亮、上地雄輔、斎藤工、平山あや、佐藤江梨子、佐藤めぐみ、窪田正孝、寺門ジモン、國村隼、角替和枝、風吹ジュン
制作年:2013年
制作国:日本
上映時間:2時間2分
配給:東宝
http://www.dakishimetai.jp/
全国東宝系ロードショー中
© 2014映画「抱きしめたい」製作委員会