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ポーランドのSF作家、スタニスワフ・レムによる小説『泰平ヨンの未来学会議』の映画化作品だが、まったく原作と異なる導入に驚かされる。映画に関して、原作小説は叩き台であっても良いので、この改変はまったく構わないのだが、やはり面白いのは原作を下敷きにした中盤以降だ。
女優のロビン・ライトが、ロビン・ライト自身を演じている。映画内の彼女は、これまで出演作を選ぶ目がなく、現場では気まぐれでナーバス、そしていまや加齢のため、プロダクションから見放されようとしている。だが、本作の近未来では「今後、生身の体では一切の演技活動をしない」という条件で、俳優はデータ化の契約ができる世界となっている。容姿や喜怒哀楽の感情表現をすべてスキャンし、データ化することで、それを応用したデジタル加工で映画が作られるのだ。結局、ロビン・ライトは難病を抱えた息子の将来を考え、引退するためデータ上の俳優となる。
このあと、彼女がデータ化された俳優の成功例として「未来学会議」に出席するのだが、映画は突然アニメとなる。開催地のアブラハマシティはアニメ専用領域で、ここに立ち入るためのクスリを飲むと、世界がすべてアニメ化するのだ。このレトロフューチャーでシュールなアニメはとても楽しい。アニメーションを担当しているのは、監督のアリ・フォルマンが世界中で高評価を得た『戦場でワルツを』(08年)も手掛けたヨニ・グッドマン。本作のめくるめくイマジネーションは、現実を軽く凌駕する。
スキャンされてからすでに20年近く経ち、ロビン・ライトは60歳となっている。このライトの物語はほぼアニメで描かれ、初老の彼女には首筋の皺も憂いにセクシーさが漂う美がある。だが、そこでもいまだ実写の模造であるデータ上のライトが、40歳の容貌を保った映画のシリーズとなって、ヒットを続けている。そして彼女は自宅に残してきた、息子アーロンのことをずっと気にしている。
現実、データ化された実写そのままな世界、アニメ、そしてドラッグによる幻覚。映画は幾重にも虚実が乱れ混乱していく。ロビン・ライトと、プログラマーでデータ上の彼女に恋をし続けてきた青年との出会いがあり、ボブ・ディランの『フォーエバー・ヤング』の美しいアレンジがかかる中で、二人が肉体を求めあう魅力的なシーン。でもフォーエバー・ヤングだなんて、恐ろしい皮肉だ。
アブラハマシティでテロが起こり、ロビン・ライトは囚われの身となる。好きな姿で生きられるドラッグも拡がり、息子のアーロンを追い求めながら、ライトの運命も翻弄されていく。
実写=現実だけではない。ドラッグを服用して渡った世界も、心が生み出した現実だと語られる。ドラッグによって見える世界は、精神が生み出したもので肉体の不在を感じるが、このアニメは肉体ごと変化したという設定だ。でも確かに、現実=真実とは限らず、我々は自分でも捉えがたい感情に支配されて動く。心が感知する他人の愛情なんて、まさに空を掴むような出来事だ。でもそこに実感を覚えるときがあるなら、ドラッグが導いた幻影も心の深奥を映し出す、まさに真実の瞬間があるかもしれない。
この映画のラストにも、ハッと胸を突かれる。愛する人と一心同体になりたいという、究極の姿がそこにある。
text: Yaeko Mana
『コングレス未来学会議』
監督:アリ・フォルマン
製作:アリ・フォルマン/ラインハルト・ブルンディヒ/ロビン・ライト
原作:スタニスワフ・レム
キャスト:ロビン・ライト/ハーベイ・カイテル/ポール・ジアマッティ/ダニー・ヒューストン/ジョン・ハム
配給:東風、gnome
公開中
http://www.thecongress-movie.jp/
©2013 Bridgit Folman Film Gang, Pandora Film, Entre Chien et Loup, Paul Thiltges Distributions, Opus Film, ARP