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原題は『A Girl Walks Home Alone at Night』。女の子が一人で夜道を歩くのは危ない。自衛が必要になるなら、おかしな欲望を持って襲ってくる男を、逆に脅かす力を持つ必要がある。だから彼女は、モンスターとして存在する。
イラン発の女性監督による吸血鬼映画だ。モノクロームの画面と、夜更けに静かに忍び寄り、血を求める黒衣の少女。映画祭ではデヴィッド・リンチの『イレイザー・ヘッド』やジム・ジャームッシュの『ストレンジャー・ザン・パラダイス』と比肩する称賛が寄せられ、モチーフにはレオス・カラックスの『ボーイ・ミーツ・ガール』の影響も見えるなかに、独自の恐ろしげで、しかし可愛さを秘めた世界が展開する。恋のときめきを描きながら、夜更けになると人を襲い血を啜るホラーテイストが加わるマッシュアップが、いかにも現代の女性監督の手際らしく、目を奪って離さない。
監督のアナ・リリ・アミリプールは、イギリスで生まれ、8歳でアメリカに移住し成長した文化圏の表現者だ。だから映画の影響だけでなく、本作では音楽もイラン・ロックに加えて、エンニオ・モリコーネ風の高らかなアレンジや、ギターポップのWhite Lies 「Death」が強いインパクトを伴って使われる。だがアミリプールは成長してからイランに移り、全身を覆うチャードルを着るように強制された。その違和感を経験し、客観的に見ることができるため、本作ではチャードルが吸血鬼のマントのように異化を表すものとして、有効に活用されている。
少女は夜中になると、都市部の郊外らしき場所をさまよい、悪い人間を探す。ポン引きや麻薬中毒者を襲っては殺す残酷さを持ち、道行く少年にも「あなたは悪い子? もし悪い人間になったらまた来る。ずっと見張っているわ」と脅しをかける。だが、仮装パーティーの夜、ヴァンパイアの格好をした青年アラシュと出くわし、彼のとぼけた素直さに惹かれる少女。彼も謎めいた彼女が忘れられなくなり、発電所でのデートに誘う。だがその頃、少女は娼婦にまとわりつく麻薬中毒の男を殺そうとしていた。それがアラシュの父と知ることもなく......。
これは「猫運び」映画でもある。ちょっと太めでおとなしい猫が、アラシュからポン引き、父親、少女の手に渡っていき、重要な物語を紡ぐ。最初にアラシュが廃屋から猫を持ち出すシーンがいい。無造作だが優しく腕に抱えたり、肩にしょって歩いていく光景だけでも、猫映画好きのかたには見て欲しい。
夜のしじまを独りでさまよう少女の姿。対象を見定めたときの静謐だが不安を感じさせる佇まいと、アラシュとの間に溢れる感情の落差が、いつの時代でも胸を打つボーイ・ミーツ・ガールの美しい抒情をより際立たせる。語りすぎず演出だけでストーリーや決断を示す監督の力量も素晴らしい。2016年公開の次回作"The Bad Batch"が、すでにキアヌ・リーブスとジム・キャリー主演で撮影が終了し、ハリウッド進出を果たしたというのも頷ける長編デビュー作だ。
text: Yaeko Mana
「ザ・ヴァンパイア 残酷な牙を持つ少女」
監督:アナ・リリー・アマポアー
製作総指揮:イライジャ・ウッド
製作:シーナー・サッヤフ/ジャスティン・ベグナウド/アナ・リリー・アマポアー
キャスト:シェイラ・バンド/アラシュ・マランディ/マーシャル・マネシュ/モジャン・マーノ/ドミニク・レインズ
配給:ギャガ・プラス
9月19日(土)より、新宿シネマカリテほか全国順次ロードショー
http://vampire.gaga.ne.jp/
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