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危険で過酷な撮影が、必ずしも良い作品を生み出すとは限らない。しかし本作については、その苦労が実りある結果となっている。冒頭の先住民とハンター一行の戦いは、複雑な演出が組み合わされた長回しとなっており、その無惨さは『プライベート・ライアン』のオマハビーチ上陸シーンを思い出させる。
1823年、アメリカ西部の未開拓地を、毛皮を求めるハンターの一団がミズーリ川沿いに進む。彼らのガイド役はヒュー・グラス(レオナルド・ディカプリオ)と、彼と先住民の女性との間の息子ホーク。そのグラスが熊に襲われ、瀕死の重傷を負う。極寒の険しい山道で、グラスを担架で運ぶのは困難であり、一行はフィッツジェラルド(トム・ハーディー)に彼を最期まで看取る役を任せて先を進む。だが絶えないグラスの生命力に業を煮やしたフィッツジェラルドは、ホークを殺害し、グラスを置き去りにして去ってしまう。
グラスの身体はほとんど死んでいてもおかしくないにも関わらず、意志の力だけで這って移動し、傷が膿んだ状態を気にも留めず、復讐心に突き動かされて生き続ける。冬山の険しさだけではない。ほかの先住民族からの襲撃もかいくぐって、グラスの悲愴な旅は続く。これはもはや死を超えた、超然的な自然と大気と生命の燃焼が溶けあった世界だ。
ディカプリオは大事な存在を亡くした、喪失の演技がいつも素晴らしい。そういった役柄も非常に多いのだが、愛という魂を抉られ、人として崩壊寸前の精神を体現したときの虚しさは、あまりに憐れで見事だ。彼が賞レースに必死だということばかり注目されて、肝心のこの表現力を見失っている人も多くないだろうか。
監督のイニャリトゥが極寒の地で9か月間をかけた執念もすごいが、アカデミー賞撮影賞を受賞した、エマニュエル・ルベツキの撮影も独創的だ。現場を総括する監督より、対象に寄り添うカメラマンはより危険に近いところにいて、撮影の舞台裏映像を見ても、ルベツキは雪山に這いつくばって滑りながら、一緒に雪に揉まれてディカプリオをカメラで追う。その苛烈な撮影方法ゆえに、厳しい冬山の臨場感が写し取られている。
だが同時に、本作は夢幻的であり、詩的なイメージで綴られる。寄り添ったカメラにディカプリオの吐息がかかり、レンズは白く曇る。とある場面では雪山ならではの壮大な自然現象が、ワンカットの中で彼の背景で起こる。だがディカプリオは驚きもせず、その白い風景の中に一体化している。もはや彼岸に渡った者が、執念だけで身をこの世に留めている幻想性が、映画のあらゆる箇所に横溢する。
ラストショット。彼岸と此岸の合間に曖昧であった者の、運命を決定づけるこの演出は、映画に正解があるとするならば、限りなく正しい。ヒュー・グラスの行くべき時と先へ誘う、胸を突く瞬間だ。
text: Yaeko Mana
『レヴェナント 蘇えりし者』
監督:アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ
製作:アーノン・ミルチャン/スティーブ・ゴリン/アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ/メアリー・ペアレント
出演:レオナルド・ディカプリオ/トム・ハーディ/ドーナル・グリーソン/ウィル・ポールター/フォレスト・グッドラック
配給:20世紀フォックス映画
2016年4月22日 TOHOシネマズ 日劇他全国ロードショー
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