honeyee.com|Web Magazine「ハニカム」

Mail News

教授のおかしな妄想殺人

教授のおかしな妄想殺人

ウディ・アレン新作!
個性派の役者たちが広げる、魅力的な世界。

16 6/10 UPDATE

ウディ・アレンの新作。すでに最新監督作の『Café Society』も公開予定という旺盛な制作欲である。軽いタッチだからというのもあるが、若い優秀な俳優が主演を担う意味を改めて感じる。役者が広げてくれる世界は、ウディ自身の主演作によく似ながら、より魅力的となる。
 
今回の主演エイブを演じるのは、ホアキン・フェニックス。演技力に定評のある怪優だけに、本作では体重を15キロも増量して撮影に臨んでいる。必然性がないようでいて、肉厚さがいつも微妙なノイズとしてついて回るような、奇妙な存在感を放つ。この贅肉はエイブというキャラの持つ虚無感、厭世観そのものなのだろう。

若い頃は世界中でボランティア活動などをしていたエイブは、妻の不倫が原因で離婚し、いまはアル中で無気力な変わり者となっていた。とある大学都市に引っ越し、新たに哲学を教え始めた彼に、生徒のジル(エマ・ストーン)は恋をする。だが彼女の聡明さに惹かれつつ、大儀さがあってか、エイブはなかなかジルの想いに応えず、隣人の人妻と時折セックスするだけだった。

皆さんは完全犯罪の可能性を考えたことはあるだろうか? エイブも、ダイナーで偶然耳にした悪徳判事の話から、その判事の殺害を不意に思いつき、俄然生きる気力を取り戻す。だが、一緒にダイナーで話を聞いていたジルが、判事の殺人事件とエイブとの関連性に徐々に気が付いていく。

この映画のエマ・ストーンは衣装がセクシーで可愛らしく、自信に満ちて身勝手な恋愛論を持つ、魅力的な女性だ。だが彼女の頭の良さは、ときに「聡明さとは単純で凡庸」なことを体現しており、倫理とは何かを自力では突き詰めて考えられない。そして、こういう単純な倫理観というのは、理由がないだけに押しの一手で強い。

ホアキンののっそりした虚無的な振る舞いや、殺人計画でほのかに明るさを取り戻す表情など、やはり彼が演じそこにいるだけで、満足してしまう強烈なカリスマ性がある。ただ単に生き甲斐として、無関係な人間の完全殺人を考えて楽しむ異様なキャラ。それが、重厚な深刻さを持ちつつ、ラフで、なんの違和感もない独特さは、ほんとに得難い俳優だ。

ラムゼイ・ルイス・トリオによるジャズも畳みかけるように、本作の突発的な混乱で世界が成立している現代性を、ビートで刻む。音楽の切れ味の良さと物語の調和が心地良い。

text: Yaeko Mana

『教授のおかしな妄想殺人』
監督:ウディ・アレン
脚本:ウディ・アレン
出演:ホアキン・フェニックス/エマ・ストーン/パーカー・ポージー
配給:ロングライド

2016年6月11日(土)より丸の内ピカデリーほか全国順次公開
http://kyoju-mousou.com/