16 8/01 UPDATE
本作は、涙腺の弱いかたはハンカチを持って身構えて行った方がいい。ただならぬ愛の形を見ることになる気配は、察していたのにやはり息が詰まってしまう。そして恋愛に気のない方でも、「愛の喪失にかかる時間」という、恐れや胸を抉られる思いが、想像力があれば感じられるはずだ。
小さな村で暮らす結婚76年目の98歳と89歳の老夫婦。いまだにお出かけするときは、お揃いの韓国服に身を包んで、手をつないで歩く。山菜採りでは、おじいさんは野生の小さな菊を集め、おばあさんの髪に飾ってやる。でもいたずら好きのおじいさんは美しい渓流で、おばあさんに水をピシャピシャ優しくかけてふざけ、おばあさんも負けずとやり返す。二人ともこういう他愛のない遊びが大好きだ。ご飯はお婆さんの担当だが、おじいさんも米を炊いたりと料理を手伝う。
些細なシーンの感動がネタバレになるなんて、なんと難しいドキュメンタリーの解説であろうか。老夫婦がいまだにこんなに深く愛し合ってることがわかる、ちょっとした仕草が驚きだし、ぜひそこを劇場で見てほしいのだ。
韓国本国において、本作は最初は小規模公開だった。しかし話題が瞬く間に拡がり、最終的には800スクリーンにまで広がって、ハリウッド映画の興行収入も超えてしまうヒットとなった。結果的に「10人に1人が観た」こととなる韓国ドキュメンタリー映画史上最高の480万人の動員。ドキュメンタリー映画で、日本でもここまでヒットした作品なんてあるだろうか。そのうえ、素晴らしいのは老夫婦の映画を見に駆け付けた観客の約半数が、20代の若者だったことだろう。
愛し合い、100才にも近づくほど老齢になったら、さすがに結婚生活や人生に十分さを見出し満足できるのかと思っていた。しかし、倦怠期もなく、毎日愛を噛みしめて幸福に生きている夫婦にとっては、結婚生活が70年を超えても、老いはいまだ愛を引き裂くために迫りくる恐怖なのだ。本作に驚くのは、長く一緒に暮らしても、まだ毎日新鮮に相手をいとおしむことができる愛の美しさであるし、それほどの愛ゆえに、愛する人が川を渡ってしまう絶望に、高齢になってもまだ声をあげて嗚咽し、苦しまなければいけないむごさなのだ。
text: Yaeko Mana
『あなた、その川を渡らないで』
監督:チン・モヨン
撮影:チン・モヨン
出演:チョ・ビョンマン/カン・ゲヨル
配給:アンプラグド
2016年7月30日(土)、シネスイッチ銀座ほか全国ロードショー
http://anata-river.com/
©2014 ARGUS FILM. ALL RIGHTS RESERVED.