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本作はハローワークの窓口で、職員と口論気味になっている男の長回しの場面から始まる。彼はティエリー・トグルドー。リストラの憂き目に遭い、失業して1年半が経つ51歳。職業安定所の職員に勧められ、取得したクレーン操縦士の資格が、どこの会社も募集要項に「経験者のみ」と書かれていて、まったく意味がないと訴えている。
ティエリーは優しい妻と、障害を抱えた息子の三人家族だ。息子の世話のために妻は専業主婦で、共稼ぎをするわけにはいかない。だが、大事な家のローンの支払いが厳しくなってしまった。このまま、あと5年でローンが終わる家を売る羽目になってしまうのか......?
本作はフランス映画だが、まったく他人事ではない。日本でも年齢を問わずリストラや倒産の不安にさらされているし、一度リストラされれば、正社員としての再就職はなかなか難しい。日本でも派遣会社がステップアップとしてパソコン研修など行っているが、それが経歴として履歴書に書いても大した意味をなさないのは、我々もよく知っていることだ。
かといって、本作は重いムードで進むわけではない。オフビートなユーモアが漂うし、トグルドーの頑固さや不器用さは、当たり前に生きる権利を常に底流として訴え続けている。しかし元同僚が不当解雇を訴えようと呼びかけてきても、トグルドーはもはや闘争の意欲は消え失せている。あくまで正常なトグルドーが今日を生きるには、腸が煮えくり返っていても、家族を養うことに意識を集中しなければならない。
トグルドーはやっと、スーパーマーケットの監視員という職を得る。客や職員の万引きを見張る役目だ。しかしそこには、あまりに些細な貧困の成れの果てがあった......。繰り返しになるが、いまの日本もまったく他人事ではない。自分の役割に基づき、監視員がパートの初老の女性の、些細な不正を暴き立てる一幕などぞっとする。そしてもはやブラックコメディとしか思えない展開を迎えていき、トグルドーは悟る。
いまの我々は、どこか倫理観が麻痺しているのかもしれない。格差は広がり、金を持つ者はノブレス・オブリージュの精神を捨て、貧しい者は目先の仕事のために人間的な誇りを失う。どちらも尊厳を持つ余裕がなく、富める者はあこぎな富の拡大を求め、貧しい者はなりふりかまわなくなる。この映画はおとぎ話かもしれない。最後のトグルドーの選択は、生きる者にとってはもはや寓話かもしれないが、もしこんな人がいたら......という、心が荒んだ世界においての、よすがになるのだ。
text: Yaeko Mana
『ティエリー・トグルドーの憂鬱』
監督:ステファヌ・ブリゼ
製作:クリストフ・ロシニョン/フィリップ・ボエファール
脚本:ステファヌ・ブリゼ/オリビエ・ゴルス
出演:バンサン・ランドン/イブ・オリィ/カリーヌ・ドゥ・ミルベック/マチュー・シャレール/グザビエ・マシュー
配給:熱帯美術館
2016年8月27日(土)、ヒューマントラストシネマ渋谷ほかロードショー
http://measure-of-man.jp/
©2015 NORD-OUEST FILMS - ARTE FRANCE CINEMA.