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第72回ベネチア国際映画祭で、銀獅子賞受賞の快挙を成し遂げた作品。アルゼンチンで実際に起こった身代金誘拐事件を、パブロ・トラペロ監督が映画化。製作はペドロ・アルモドバルだが、このシャープな演出はトラペロ監督の手腕だ。
1980年代、独裁政権から民主化に移りつつある、激動の時代のアルゼンチン。裕福なプッチオ家は父と母、5人の子どもたちが幸せに暮らしていた。父のアルキメデス(ギレルモ・フランチェラ)は政府機関で働く身で、長男のアレハンドロ(ピーター・ランサーニ)はラグビーの名選手だ。ある日、彼がラグビー仲間の友人と帰宅する途中、突然現れた覆面の男たちによって誘拐され、友人はトランクへ、アレハンドロは助手席に乗せられる。そして運転席の男が覆面を取ると、それはアルキメデスだった。彼らは父の手下も含めた、誘拐集団だったのだ。
父アルキメデスの、時に薄い水色に、時にスカイブルーに見える瞳の透明感。カッと見開かれた目には感情がなく、その無慈悲な表情に従うように部下たちも容赦ない。演じているギレルモ・フランチェラが、『瞳の奥の秘密』(09年)をはじめ数々の映画出演とともに、アルゼンチンのテレビドラマではコメディ俳優として活躍しているのが興味深い。コメディを演じる俳優が、こういった無機質な犯罪者役にガッチリはまると、異様な怖さを発揮するものだ。
アレハンドロは通常の良心と倫理観を持っており、いままでは父に逆らえずにきたが、自分のサーフショップが軌道に乗り始め、恋人もできると、誘拐からは手を引くと宣言する。華やかなラグビーの世界で陽気な仲間と付き合い、近所からも幸せな家庭と見られている中で、まさかの裏稼業がある状況は、まっとうな神経の持ち主なら、アレハンドロ同様にこんな父の下に生まれた運命を呪うだろう。
アレハンドロが抜けたため、アルキメデスの裏の仕事にも崩壊が兆し始める。この辺りの、被害者のうめき声などの不穏な演出がまた良いのだが、アルキメデスと関わり合いになった者の顛末も目が離せない。人間の良心は不条理な運命を導き、良心が咎める者ほど罪に苦しみ、良心を持たない者は罪を振り返ることもなく、裁判の切り抜け方を考えるほどの余裕がある。本作は実話ありきの奇想天外な物語だ。これをオリジナルで書き下ろしたら、荒唐無稽すぎるとして、一蹴されるだろう。
映画の構成も後半の出来事が断片的に、前半で何度か挿入されたり、時間の経過も早く進むので飽きることがない。音楽のシニカルな使い方も魅力的だ。
text: Yaeko Mana
「エル・クラン」
監督:パブロ・トラペロ
製作:ウーゴ・シグマン/マティアス・モステイリン/アグスティン・アルモドバル/ペドロ・アルモドバル
出演:ギレルモ・フランチェラ/ピーター・ランサーニ/ジゼル・モッタ/フランコ・マシニ/リリー・ポポビッチ
配給:シンカ、ブロードメディア・スタジオ
2016年9月17日(土) より新宿シネマカリテ、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国公開
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