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THINK PIECE

Paris Photo 2014

写真集だけが写真を語らせることができる
パリフォトに見る写真集の熱気とその現状

14 12/18 UP

Photo & Text:Takashi Okimoto

毎年11月にパリで開催される世界最大規模の写真見本市「パリフォト」。今年で18回目の開催となり、
欧州は不況のさなかと言われる中、今年は5万9,000人の来場者があった。国際的なアートフェアでもあるこの催しは
写真作品のプリントを売買を目的としているが、ここ数年は写真集に注目が集まっている。
優れた品質の高い写真集が発行され続けていることや、写真集に軸を置いて作品を発表する写真家が増えているといった
事情を背景に、写真集の市場がこれまでになく盛り上がりを見せているのだ。なぜ、いま写真集が熱いのか。
2014年のパリフォトで加熱する写真集ブームの現状とその本質に迫った。

 

なぜ写真集なのか?

前述の通り、パリフォトのそもそもの目的は写真プリントを売買することで、写真集はプリントを売るための作品図録という位置づけだった。がしかし、2000年代後半からコレクターたちの目が徐々に写真集へと向かい、コレクションの対象となっていく。この変化の背景にあったのは、まず過去の名作写真集の再評価が進んだことが挙げられるだろう。2004年に写真集指南書『The Photobook:A History』(※1)が発行され、これが今日の写真集ブーム勃興のきっかけとなる。同時に欧州各地で写真集のフェスティバルが開催される契機ともなっていく(※2)。

またもうひとつ、変化の要因として挙げたいのが写真集を表現手段として自ら撮影・編集・出版・販売を手がける写真家が台頭してきたことだ。1960年代以降生まれで主に90年代にデビューした新しい世代の写真家たち(※3)は、 Macで写真集をデザインして、Webを利用してそれを売るというサーキュレーションをつくりあげた。彼らの影響下で現在のリトルプレスや自費出版による写真集ブームが起きたと言っても過言ではない。

 

パリフォトにおける写真集の動き

もちろん、パリフォトもその動きを見逃さず、むしろ積極的にこのブームをイベントに取り入れようとしている。そのひとつが老舗写真集出版社、NYのアパチャー(Aperture)社との共催で2011年から行われている「パリフォト-アパチャー財団写真集賞」(THE PARIS PHOTO APERTURE FOUNDATION PHOTOBOOK AWARDS)だ。欧州、北米・南米、アジアからノミネートされた約20冊の写真集からすぐれた一冊を選ぶ賞で、ここで選ばれる写真集は小規模の出版社いわゆるリトルプレスか、作家自身が個人で自費出版したものがほとんどだ。つまりは、だれにでも可能性が開かれているということであり、若手の作家や編集者の参加意欲を煽っている。

じつは2000年代前半のパリフォトでも、今日の写真集ブーム到来の予感はあった。それは映画にもなったドイツのシュタイデル(Steidl)社の動きである(※4)。ロバート・フランクやエド・ルシャなど、伝説的な写真集をつくった作家に密着し、彼らの知られざる作品を次々と世に送り出したシュタイデルの写真集は、それまで欧米で出版されてきた写真集とは異なるものだった。シュタイデルの写真集の特徴は、高品位な印刷と美しくデザインされた装幀、そして写真マニアの心を動かすに足るビックネームの作家による魅力的な名作の企画を実現したことにあった。いずれもコレクターの心をくすぐるものであり、とりわけモノとしての質感を兼ね備えた印刷と装丁の品質の高さは喝采を浴びた。

現在のシュタイデルはパリフォト会場に巨大なブースを構え、トラックで持ち込んだ商品を文字通り山積みし、写真家を招いたサイン会を開いて高価な写真集を瞬く間に売り切っている。そのスケールと発想は他の出版社には無いもので、シュタイデル以降は彼らの成功を横目にその手法をまねたり、とてもまねができないと考えるリトルプレスが集まってアンチ・パリフォトを謳って写真集専門のイベント「off Print」を立ち上げるといった状況が生じた。つまり、シュタイデルはゼロ年代以降の写真集のマーケットを大きく変え、以降の写真集ブームを牽引する役目を担うことになったのだ。

 

パリフォト会場の出版社ブースに出展したbookshop Mは2008年以来、7年連続出展。メイド・イン・ジャパンであることにこだわり続ける彼らは、日本発の写真集シーンの中心的存在

今日の写真集ブームの基礎を築いたドイツの出版社・スタイデルのブース。写真集の新刊を山積みして、作家のサイン会で写真集を売りまくる販売システムを最初にやったのはここ

 

パリフォト会場、マグナムのブースでサイン会を行う写真家、マーティン・パー。今日の写真集ブームの最大の功労者は彼だろう。写真集指南書『The Photobook:A History』の編者である

パリフォト会場、所属ギャラリーThe Third Gallery Ayaでサイン会を開催する写真家・石内都。今年のハッセルブラッド国際写真賞受賞者である石内は、会場で注目を集めた作家のひとり

 

※1 写真家集団・マグナム会員である写真家、マーティン・パーと写真家・批評家のジェリー・バッジャーが編集し英国の出版社・ファイドン(Phaidon)社が出版した古今東西の名作写真集を紹介した書物。2006年と2014年にそれぞれ続刊が刊行されている。とりわけ荒木経惟、森山大道をはじめとする日本人写真家の写真集は、すべての巻で数多く取り上げられている。

※2 ゼロ年代後半以降、欧州各地で写真集フェスティバルが数多く開催される。2008年にドイツ・カッセルで開催された国際写真集フェスティバルはその嚆矢とも言える催しで、欧州を中心に写真家が数多く参加し自著を持ち寄りサイン会を催して好評を博し、その動きが世界に飛び火していくことになる。

※3 英国在住のスティーブン・ギルや米国のアレック・ソスがその代表。特にスティーブン・ギルは2000年代半ばに「Nobody」(何者でも無い)という自身の写真集レーベルを立ち上げ、撮影と制作はもちろんレイアウトとデザイン、出版と販売まですべてひとりで手がけた。そのこだわり抜いた写真集は関係者やコレクターから高い評価を得るとともに、写真家の新しい創作スタイルを切り拓いた。

※4 ゲレオン・ヴェツェル&ヨルグ・アドルフ監督による2013年公開の映画「世界で最も美しい本を作る男ーシュタイデルとの旅」で語られた、ゲルハルト・シュタイデル氏とシュタイデル社のドキュメンタリー。日本でも公開された。