© Louis Vuitton / Jérémie Souteyrat Courtesy of Espace Louis Vuitton Tokyo
14 5/20 UP
text:Chie Sumiyoshi
© Louis Vuitton / Jérémie Souteyrat Courtesy of Espace Louis Vuitton Tokyo
アート界のオスカーともいわれるターナー賞とアカデミー賞を受賞したアーティスト、映画監督のスティーヴ・マックィーン。
現在、エスパス ルイ・ヴィトン東京で開催されている個展のために来日した彼に、リアリティを追求した作品づくりについて訊いた。
Ashes, 2014 © Louis Vuitton / Jérémie Souteyrat
Courtesy of Espace Louis Vuitton Tokyo
Ashes, 2014 © Louis Vuitton / Jérémie Souteyrat
Courtesy of Espace Louis Vuitton Tokyo
英国コンテンポラリーアート界のオスカーともいわれるターナー賞受賞者でもある、重厚なキャリアをもつアーティスト、スティーヴ・マックィーン。いやむしろ、北アイルランドの刑務所における政治犯の壮絶な抵抗を描いた『ハンガー』、NYを舞台にセックス依存症のエグゼクティヴを描いた『SHAME』に続く、アメリカ南部の黒人奴隷制度の黒い歴史を告発した『それでも夜は明ける』で、今年度のアカデミー賞作品賞に輝いた映画監督として、初めてその名を知った人のほうが多いはずだ。
この度、エスパス ルイ・ヴィトン東京の依頼で制作された新作映像作品は、これらの激烈な表現に満ちた劇映画とは一転して、あまりにも穏やかな“凪ぎ”の光景だった。 スーパー8mmのノスタルジックな映像が波頭のきらめきを際立たせ、カメラに向かって眩しい笑顔を送る、美しい褐色の肌の若者の素性を知りたくてたまらなくなる。いかにもそれは、トーマス・マンが『ヴェニスに死す』に、アルベルト・モラヴィアが『アゴスティーノ』に描いたような、無垢な若さと性のあやうい揺らぎを予感させる情景に見えなくもない。
『それでも夜は明ける』
© 2013 Bass Films, LLC and Monarchy Enterprises S.a.r.l. All Rights Reserved.
Ashes, 2014 © Louis Vuitton / Jérémie Souteyrat
Courtesy of Espace Louis Vuitton Tokyo
「2001年、ほかの作品の撮影のため、私自身のルーツのある西インド諸島を訪れました。ビーチで出逢ったこの漁師の青年は、磁石のようにカメラがおのずと引きつけられてしまうほどのカリスマ的な魅力をもっていました。島のあらゆる人が彼を知っていたんです。もし彼が生きていたなら、マイケル・ファスベンダーのような俳優になっていたかもしれませんね」と作家は語る。
未来の可能性に満ちた船出のイメージとまったく逆のことが彼の身に起こったことを知ったのは、その8年後だという。観る者の深読みをあっさりとかわし(作家はストレートである)、背後に流れる男たちの語りが告げるのは、ナイーヴな若者が無防備に過ちを犯し、非情な暴力にあっけなく命を奪われるという、古典的に繰り返されてきたアンハッピーエンディングの物語だ。
『それでも夜は明ける』
© 2013 Bass Films, LLC and Monarchy Enterprises S.a.r.l. All Rights Reserved.
「2009年に種が蒔かれて以来、この作品のアイデアは埋もれていたんです。ところが、私のアーティストとしての好奇心がこの着想をジャグリングし、その玉が過去と現在を行き来して、普遍性のあるフィクションのように人生のリアリティを示す作品として結実しました」。訛りが強く聴き取りにくい音声にあえて字幕を入れず、出口で手渡されるナレーションを文字起こしした印刷物ににその翻訳を記したのはなぜなのだろう。「観客の感情を操作したくないからです。まずは言葉の響きの美しいメロディや、波間でボートが揺らぐリズムを味わった後で、観る人それぞれが自身の歴史を投影し、フィジカルに映像体験が膨らむスペースを残しておきたい」と彼は強調する。
その“読後感”の切なさと人生の悲哀をさらに募らせるのは、この当時の撮影監督であり、ヴェンダースやジャームッシュらとも素晴らしい仕事をした名カメラマンもその後病に倒れ、今では車椅子生活を送っているという、もう1つのエピソードだ。
「私が長編の伝記映画で取り上げたのは、人生の極限を体験した人々です。『ハンガー』では、当時大ニュースになりながら死後27年もの間、歴史上隠蔽されていた人物でした。『SHAME』では、当時タイガー・ウッズの事件などがあり、NYやハリウッドを中心に研究が進んでいたセックス中毒という牢獄に自身を閉じ込めずにいられない人物です。そして『それでも夜は明ける』では、自由な境遇にありながら、サーカスに売られたピノキオのように拉致され、奴隷状態の迷路に放り込まれた人物でした。しかし彼らばかりでなく、私たちの人生もまた、いつもディズニーのファンタジーようにはいきません。映画でも美術でも、私の作品のネライは人間の本性をそこに描きとどめることです。多くの人がリビングにゾウがいても見て見ぬ振りをしているような、隠蔽された深刻な物事にフォーカスしたいのです。どんなに美しい場所でロケを行ったとしても、人生そのものにセンチメンタルなフィルターをかけることはできませんから」と作家は断言する。