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THINK PIECE

Jan Fabre

ヒエロニムス・ボスへの憧憬の意を込めて問う
旧植民地時代における、母国ベルギーの繁栄と侵略。

15 8/12 UP

text: Aika Kawada

© Louis Vuitton/Yasuhiro Takagi

ベルギーのアーティスト、ヤン・ファーブルの「Tribute to Hieronymus Bosch in Congo (2011-2013)
/ ヒエロニムス・ボスとコンゴ-ボスを讃えて(邦題)」展がエスパス ルイ・ヴィトン東京で開催されている。
ベルギーが19世紀から20世紀にかけて植民地政策としてコンゴを侵略した過去を題材に、彼の活動のテーマである
「Metamorphosis(変容)」を表す昆虫スカラベの鞘翅(さやばね)を素材としたモザイク作品が日本で初めて披露された。
本展の展示作品は、初期フランドル派の画家ヒエロニムス・ボスに多大な影響を受けていることも、
作品が持つ真の意図を読み解く鍵といえる。本展のオープニングとともに来日したヤン・ファーブルに、インタビューを行った。

 

──
本展では、全ての作品において、スカラベを用いた表現をなさっていますが、それはなぜでしょうか。
「幼いころから、曾祖父のジャン=アンリ・ファーブルによる直筆の『昆虫記』からインスピレーションを得て、絵を描いていました。スカラベという生物は、フランドル派の巨匠たちの中では『生』と『死』の間を表すとされています。世界で古くから存在する生物であり、蓄積された記憶を持つ存在なのです。また、私の作品はスカラベを使用していますが、手法としては絵画と同じ表現方法、制作過程を経ています。よって、光をともなう絵画だと考えています」
──
ベルギーのコンゴへの侵略をテーマに、10年以上にわたって制作活動をし続けた理由を教えてください。
「なぜなら、ベルギーでは、コンゴに対して拷問や殺戮をしていた事実が隠されてきたからです。私の作品は歴史の批判であり、受容だといえるでしょう。また、美の原則と倫理的価値観の融合でもあります」
──
『VENTURING ON SLIPPERY IRON』(写真1)は、3枚の連続作品でスポーツをする人間が描かれています。
「ヒエロニムス・ボス(以下、ボス)の絵画でも、アイススケートを描いた作品があり、薄い氷の上を滑る『危険』を暗示しているといわれていますが、本作でも、19世紀から20世紀にかけてのベルギーの危険な状況を指しています。作中には、コンゴで鉄道車両やレールを製造していたベルギー企業の社名がありますが、拷問や殺戮の結果として、原料の鉄を得て発展していったことを表しています。鉄だけではなく、カカオや金、象牙、ウラン、ダイヤモンドなどの場合も同様で、有名なベルギーチョコレートにさえこのような背景があります。当時のベルギー人の行為に対する歴史的、精神的なメッセージが隠されています」
──
『文明をもたらす国、ベルギー』(写真2)は、タイトルと中心に描かれた苺のモチーフのコントラストが印象的ですが、相関性はどこにあるのでしょう?

 

写真1:VENTURING ON SLIPPERY IRON(2013) Photo : Lieven Herreman Copyright : Angelos bvba

「苺は、ボスも作品中に多用したモチーフで、『欲望』と『退廃』の象徴とされます。この作品は、当時のベルギーの状況を、皮肉を込めて表現したもので、国が発展する裏側でコンゴの女性に桃園での収穫を命じ、作物を持ち帰ってこなかった場合は厳しく拷問を行い、腕あるいは乳房を切り取るといった多くの非人道的な行いが存在したことを物語っています」
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『死をともなうギャンブル』(写真3)は、ダイレクトに殺戮について描かれているように見受けられます。
「ええ。黒人の頭に剣をつきさす拷問は、実際に行われていました。“残酷の美”と“美の残酷”を追求したボスが数百年前に幻想として絵画で描いたことが、数百年後の植民地でベルギー人によって行われたのです。これは、ベルギー人の遺伝子ともいえ、トランプのモチーフは逃れられない運命を意味します」
──
スカラベのモザイク作品の他、鳥の剥製と骸骨からなる作品も展示されていますが、生と死のコントラストを意味するのでしょうか。
「骸骨や背骨は、全て人骨です。ベルギー人はコンゴ侵略において、多くの人間の骨を現地に残しました。鳥は、中世の時代において職人の組織を象徴するシンボルでした。一方で、現在でもベルギーの聖堂や歴史的建造物には、職人の職種や団体の象徴として鳥のマークが使用された絵画が飾られています。国益となった彼らの技術の発展には、多くの搾取と人命が犠牲となっていたのです。この2つの要素を組み合わせ、現地で行われた苛烈な事実を示唆する作品を制作しました」
──
中世へのこだわりがありましたら教えて下さい。
「私は、自分を中世の画家だと捉えています。常に中世からインスピレーションを得ているからです。中世の芸術は、人類の信念と神々との対話からなり、人々の神々への信望が強く反映されています。現在はとてもシニカルな時代で、現代美術の多くは経済力によるものです。しかし私の作品制作は、人類を信じること、さらに人類の危うさを疑わないことがベースとなっています」

 

写真2:THE CIVILIZING COUNTRY OF BELGIUM「文明をもたらす国、ベルギー」(2012)
Photo : Pat verbruggen Copyright : Angelos bvba

写真3:GAMBLE WITH DEATH「死をともなうギャンブル」(2011)
Photo : Pat verbruggen Copyright : Angelos bvba