ダゲレオタイプの女
黒沢清、海外初進出作品
「映画に関する言語は、世界共通だと思います」
16 10/13 UP
photo: Takehiro Goto
interview: Tetsuya Suzuki
text: Ryu Nakaoka
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- ダゲレオタイプというクラシックな撮影方法に象徴されるように、亡くなった人の写真を所有し続けるのも、ある意味で死者とのコミュニケーションであり、写真は幽霊の比喩であるとも解釈できます。
- 「そういう面はあるかと思います。特にダゲレオタイプは、今で言う写真と少し違って、ネガやデータから複製されるものではなく、写真自体が物理的に一つしかなく、工芸品に近いものなんです。そこに人間の像が写り込んでいるというのは、相当神秘的で、恐ろしい。バルザックは、ダゲレオタイプを何枚も撮られていくと、自分の存在が一枚一枚向こうに移っていって、ついに自分自身は消えてしまうんじゃないかという恐怖を感じる、と書いています。目の前にある現実を写し取った画像や映像をすぐに配信できる今、長時間かけてその1枚を撮影するダゲレオタイプは全く時代錯誤で、
- 狂った妄想の産物に思えるかもしれません。しかし、映画ははっきりダゲレオタイプの側にある表現だと思います。たしかに映画も複製物ですが、何時間もかけて1カットずつ撮っていき、編集して、音を入れてようやく公開まで漕ぎ着ける。誰でも簡単に撮れるものを、『そう簡単に撮れるものじゃないですよ』という風に、おごそかに見せるわけですね(笑)。そのとき、過去の幻影をありありと現実であるかのように映し出しますが、写っている人は実際にはもうこの世にいないかもしれない。こんな時代錯誤のメディアは今時ないですよ。映画の中では滅びゆくものとしてダゲレオタイプを描きましたけれども、僕らがやっている映画だって、ほとんど同じようなものだという主張も込めています。我が身を振り返ることにもなりました」
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- 黒沢監督にとって、映画は、現実とはまた別の世界を生み出すものなのでしょうか。
- 「この世界を切り取っている以外の何物でもないんですが、そこに何かが宿るはずだと信じてやっていますね。おそらく、お客さんも、そういう映画の神秘を信じて観に来てくれるのでしょう。ただ、そこから先、映画に何が写り込んでいるのかという本当のところは、自分でもよくわからないです」
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- でもやっぱり、亡くなった人と愛し合うことができるのは、映画の中だからこそなのかな、と。
- 「たしかに、死者を扱うのに、これほど適したメディアもないという気がいたしますが、まあ、幻想かもしれません。映画はそんな幻想を持ち続けているんだと思います」
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- この世界を切り取るということで言うと、黒沢監督の作品では、いつも目にしているはずの東京の風景でも、見たことのない場所のように描かれている印象があります。今回はいわば「アウェー」であるフランスでの撮影でしたが、ロケ場所はどのように選ばれたのでしょうか。
- 「基本的には東京と同じような視点で、直感を頼りに面白い場所を探しました。しかし、おっしゃるようにアウェーなので、何度もスタッフたちに『ここ、撮っても恥ずかしくないですよね?』と聞きましたね(笑)。外国で撮影する監督がおかしがちな、『現地の人が嫌と言うほど知っている場所を、さも自分が発見したかのように撮る』というようなことはしたくなかったので。特に、セーヌ川沿いを車で走って、エッフェル塔が一瞬見えるシーンがあるんですが、本当に恥ずかしくないかを10回は確認したと思いますよ(笑)。大丈夫だと言われたので、OKにしたんですが。あとは、屋敷の石造りの階段で、19世紀のドレスを着たヒロインが降りてくるカットを撮ったとき。自分でも惚れぼれするような美しい画が撮れたと思ったのですが、スタッフたちは『これはないな』という顔をしていた(笑)。で、NGにしました。考えてみたら、外国人監督が、古い日本家屋の中に和服の女性がいて、『これは最高だ!』と言っているのに近い。現代のパリを想定するとあり得ないところに踏み込んでいたようです。だから、彼女がこの衣装を着て、現代劇として成立するのは、映画の中で写真家がアトリエとして使っているオンボロの倉庫の中だけでした」
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- それは黒沢監督の奥ゆかしさですね(笑)。「自分はこの画がいいんだ」とはならない。
- 「いやいや、それは恥ずかしいですよ。それに、これはフランス映画として撮っていますから。ただパリで撮影されただけの日本映画でしたら、また別なのかもしれませんが、フランス人が観るフランス映画というのが第一にありましたので、フランス人が疑問に思うのが一番まずい。よくよく注意をしながら撮るように心がけましたね」
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- 今後も積極的に海外で撮りたいと思われますか。
- 「話があれば、躊躇することなくやりたいです。先ほども言ったように、映画に関する言語は世界共通だと思いますので。言葉を喋れなくともイメージを共有できていましたし、より素晴らしいかたちで実現しようとしてくれて、本当に通じていることを実感しました」
©FILM-IN-EVOLUTION - LES PRODUCTIONS BALTHAZAR - FRAKAS PRODUCTIONS - LFDLPA Japan Film Partners - ARTE France Cinéma
監督・脚本:黒沢清
出演:タハール・ラヒム、コンスタンス・ルソー、オリヴィエ・グルメ
2016年/フランス=ベルギー=日本/131分
配給:ビターズ・エンド
提供:LFDLPA Japan Film Partners(ビターズ・エンド、バップ、WOWOW)
10月15日(土)より、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテほか全国公開
http://www.bitters.co.jp/dagereo/