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THINK PIECE

『ファッションが教えてくれること』

「アナは"ファッションという文化"を商品にした」
淀川美代子さんと観る『ファッションが教えてくれること』

09 11/6 UP

Text: Tetsuya Suzuki

全世界のファッションシーンに対し、唯一無比の圧倒的な存在感を持つ雑誌「米版VOGUE」。そして、その編集長であるアナ・ウィンターこそは、名うてのファッションデザイナーたちも一目置く「ファッション業界のカリスマ」として君臨する。が、その一方で、彼女の知名度は『プラダを着た悪魔』の“実在モデル”として一般に知られるところとなり、同映画での傲慢でエキセントリックなキャラクターというイメージが一人歩きしている。

映画『ファッションが教えてくれること』は、猛烈なビジネスマンでありつつ、知的で洗練された女性であるアナ・ウィンターの真実の姿に迫ると同時に「ファッションというビジネス」の最前線をリアルに捉える。

そのアナ・ウィンターと米版VOGUEの様子は、「オリーブ」「アンアン」「ギンザ」の編集長を歴任し、いまなおファッションの最先端を現場から見つめる“伝説的編集者”淀川美代子の目にどう映ったのか?

淀川美代子さんのブログ

 

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アナ・ウィンターの存在感はもちろん、まず、米版VOGUEと日本のファッション雑誌とが、その作られる過程からしてあまりに違うことに驚いたのですが……。
「あの映画の始まりのシーンは2年前の9月号(9月号はその年のハイライトとなるファッション特大号)の締め切り5ヶ月前なんですね。通常、1冊の雑誌を5ヶ月前から準備するなんて日本の雑誌の世界ではありえませんね。他にも私たちの常識からすると驚くようなことが確かにいくつかあって、たとえば、撮影用に服をリースすると、ずっと借りたままなんですね。5ヶ月前からある服がラストの締め切り数日前まで置いてあって……。日本の場合、撮影前後の数日の間だけしか借りませんから。あれには本当にびっくりしました。これは映画にはない、別で聞いた話なのですが、米版VOGUEの場合、各ブランドが服を届けにくるらしい。そういうのを聞くとやっぱり日本のファッション雑誌とはまったく別物なのかな、と思います」

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「ファッションを扱う雑誌」というより、「ファッション業界広報誌」ですね。ファッション業界と命運をともにしている。だから信頼が厚いという部分もあるのでしょう。
「結局、アナ・ウィンターという人は、雑誌を作ることも好きだけど、ビジネスも好き、つまりファッション・ビジネスが好きな人なんだと思うんです。映画の中で本人も『これからファッションがどうなるか私にはわからない。私は現在を見ているだけ』と言っていたでしょう。他にも映画の中で『ファッションは人生そのものだ』と言う発言もあって、これはちょっと大袈裟な気もするけれど、でも確かにその通りだと私も思うんです。女性はもちろん男性もあまりに服装に無頓着である人は、どうかと思います(笑)。その意味で、アナ・ウィンターの凄いところは、本人がカッコいいところ。エレガントだし。まあ、確かにカメラを意識している部分も多分にあるでしょうけれどね」

 

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ファッション業界のスポークスマンとしての自分を自覚している気もします。つまり、彼女はファッション評論家ではないんですね。当事者なんです。アナ・ウィンターが有名デザイナーたちにサジェスチョンを与え、デザイナーたちにマーケットの動向を伝える。それは日本のファッション誌には無い考えでしょう。
「やっぱり私なんかが考える“出版”というものと違うんでしょうね。この映画は2年前の9月号の準備から完成するまでを追っているわけですが、なんとその号の広告の売り上げは900万ドルだっていうじゃないですか。約9億円。もちろん、2年前の状況と現在では大きな隔たりがあると思いますけれど。今はどうなんだろう。この映画はその意味でも素晴らしいドキュメントで、アナ・ウィンターの米版VOGUEが頂点に立った瞬間を捉えているんですね。金融ショック以降、クライアントとなる各ブランドも慎ましくなっている今、アナ・ウィンターが何を考えているのか、そして彼女は今後どうなるのか、そこも気になりますね」
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ファッション・ビジネスのひとつのピークをアナ・ウィンターの米版VOGUEが演出したというのは歴史的事実として残るのだと思います。ただ、その時の彼女の功績が具体的に何なのか、それはまだ見えていない気がします。
「彼女はファッションを現代的なビジネスにしたと言えるのではないでしょうか。それも単に服を売る、あるいは雑誌を売る、ということではなく“ファッションという文化”を商品としたのだと思うんです。それは素晴らしいことですよ。やろうとしてもなかなかできませんから。そして、彼女の強さを支えているのは彼女自身の美しさなんだと思います。彼女が美しくファッショナブルで洗練されているからこそ、彼女は多くの支持を得ていたんでしょう。まあ、フランスもイタリアもVOGUEの編集長は皆格好良いから『ファッション雑誌の編集長はカッコよくないとダメ』というのがコンデナスト社の方針なのかもしれませんね(笑)」