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THINK PIECE

『息もできない』

話題の韓国映画『息もできない』を淀川美代子と観る。

10 3/16 UP

text: honeyee.com

国際映画・映画賞で25を超える賞に輝いた『息もできない』。この作品で製作・監督・脚本・編集・主演の5役をこなし、鮮烈すぎるデビューを果たしたヤン・イクチュンは、いつも父や母に対し、怒りや恐怖、不安や悩みを持ち生きてきた。「自分の家族との間に問題を抱え、このもどかしさを抱いたままではこの先、生きていけない。全てを吐き出したかった」と語る彼は、その切実な思いを映画にするため、自分で制作資金を集め制作にこぎつけた。途中、資金に困り家を売り払って完成させたという。その作品『息もできない』は、つまり彼の魂そのものと呼べるだろう。そして、映画をこよなく愛する淀川美代子はこの作品を「何度観ても涙してしまう」のだという。

淀川美代子

『Olive』『an・an』『GINZA』の編集長を歴任。「3月30日発売のAKB48の写真集『わがままガールフレンド』のお手伝いを。いままで見た事がない可愛い、エロなAKB48です。ご期待を!」

 

「この作品は、韓国映画が好きな友人が薦めてくれたのですが、最初は日本でも馴染みのある韓国によくある恋愛映画かなと思って観たんです。けれど、実際は非常にシリアスなもので、いまの日本の映画にはないシンプルに感情に訴えてくる映画でした。一番好きなのはラストの5、6分。様々な事が起こり、ストーリーは完結に向かうのだけど、最後はまたそれぞれの新しい生活がスタートするんです。あの辺がとても印象的でした。あの岸辺でサンフンとヨニが出会うとき、二人とも非常に重いものを背負ってここにやって来たということを、われわれ観客は分かっているのだけど、二人には分からない。あのシーンは胸が痛かった。この作品は4回観ましたが、何回観ても泣いてしまいます」
──
ストーリーはどちらかといえばシンプルですが、主人公のエキセントリック性格も含め、リアリティというか説得力があって、どこを切っても不自然さがない。
「この作品には、家族愛、家族に対する憎しみ、国への怒り、政治に抑圧された親たちの歴史や哀しみが描かれていますが、これらは監督主演のヤン・イクチュン自身が見たもの、感じてきたことなのです。彼は、事前に意図したものは何もなく、自分の中のもどかしさを吐き出したかっただけ。いつまでも、もやもやしたものを抱え、悩んでばかりもいられないのでこの作品を作ったと話していましたけど、それにしてはすごいですよね。この作品は暴力シーンが多くありますが、ただの暴力ではない。あの暴力が象徴しているものが背後にきちんとあるんです。ベトナム戦争に国の国費を稼ぎに行った父親、そういう人の哀しみとか、いろいろなものがあっての暴力だから納得できるわけです。ヤン・イクチュンも祖父や父親の抑圧された気持ちは、暴力で表現するほかなかったと言っています。そのような環境に身を置かれた人たちのリアリティがこの作品を通じて、痛いほど伝わってくるんです。韓国社会が抱える固有の問題というところからスタートしていますけど、暴力が象徴するものというのは私たちも十分理解できますし、共有できるものがこの作品にはたくさんありました」

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さまざまなテーマや感情を登場人物の表情を丁寧に描きながらひとつのストーリーに織り込んだという意味で非常に完成度の高い映画です。
「そう、この作品は映画としてとても完成度が高いんです。ラストシーンやサンフンとヨニの出会いは本当にうまいです。これが長編デビューの監督の作品とは信じがたいほどの出来栄え。私はこういう辛い環境から生まれてくる恋愛のようなもの、魅かれ合う二人を見ると胸が痛くなってしまう。この作品はロマンチックなんです。あのラストシーンの実にロマンチックなこと。 知人にも薦めて観てもらいましたが、みなグッときて大感動という人ばかりでした。最近は吹き替えで映画を観る人が増えているようですが、もしこの映画に吹き替えがあっても観てはだめですよ。韓国の言葉には迫力と文化がありますから。映画として素晴らしい作品なので、多くの方々に観ていただきたいです」