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THINK PIECE

希望の国

フィクションから浮かび上がる福島の今
園子温が原発問題に正面から向き合う渾身作

12 11/7 UP

photo: Yayoi Arimoto text: Misho Matsue edit: Madoka Hattori

今年1月に公開された青春映画『ヒミズ』では、
東日本大震災による被災地の映像を取り入れたことでも話題を呼んだ鬼才・園子温監督。
実は『ヒミズ』公開前より、原発をテーマにした次回作を制作中との噂が流れていたのだが、
現在の日本における最大の問題作『希望の国』がついに完成した。
舞台は、3.11から数年後の20XX年・長島県。酪農を営み、慎ましくも幸せに暮らす小野家の日常は、
巨大地震により制御不能になった原発によってあっけなく破壊される……。
昨年末、政府から原発事故の収束宣言が早々に出されたものの、
未だに高い数値を示す放射線量により分断されている町や家族の絆。
そして誰も答えを知らない、放射能による健康への影響。
現在進行形であり、すべての日本人が当事者と呼べるにもかかわらず、
早くも風化しつつある原発問題に危機感を抱いた監督に、真っ正面からこの“タブー”に向き合った真意を尋ねた。

 

──
日本中が注目するなか、いよいよ『希望の国』が公開されましたが、手応えはいかがですか?
「反響は……、まだよくわからないですね。でも、こういう映画を作った以上は批判が多いのかな、と覚悟していましたけど、届いている限りではそうでもなくて。いいと思ってもらえた人が意外に多かったんだな、と」
──
昨年5月、前作『ヒミズ』の撮影が終了した帰りのバスの中で、次は3.11以降の映画を真っ正面から撮る、と決めたのだとか。この作品はドキュメンタリーでなくフィクションにもかかわらず、その決意から公開までがスピーディーですよね。
「3.11を語る上で、やはり津波と原発は一括りにはできないと思って。原発問題で一つの物語を作って撮影し、“緊急増刊号”のような形でとにかく早く公開したかった。原発に関しては、映画のために取材を始めた去年の夏の段階で、このままでは危機が忘れ去られてしまう、問題が風化しだしていると感じました。そしてその頃、原発は再稼働するんじゃないかとも思ったんです」
──
実際に起こった事件を題材にした過去作でも高い評価を得ていますが、今作は全くタッチが違いますよね。原発事故により引き裂かれた家族を中心に据えたストーリーは、ご自身が福島へ取材に通い、被災者の生の声や体験をベースに組み立てられたとのことですが。
「取材で福島に入る前から、原発やフクシマに関する本は東京で読み漁っていたし、福島から東京に避難してきた方にも会って話を聞いていました。でも、いざ現地で取材を始めてみると、この映画にそれらの “知識”はいらない、脚本は取材と並行して作っていこう、と思いました。そしてある日、福島第一原発から半径20kmの警戒区域ギリギリの場所で暮らす鈴木さんという方に偶然出会いました。ボーダーラインによって真っ二つにされた庭の圏外の部分には花が咲き、圏内の部分は枯れている状態で、思いもつかないところに語るべき物語があることに気付かされたんです。そして、このボーダーラインを映画の舞台にすることにしました」

──
ボーダーラインぎりぎりに建つ家にとどまることを決意した酪農家・小野泰彦を演じた夏八木勲さん、その妻で認知症を患う智恵子役の大谷直子さんほか、物語に命を吹き込んだキャストの皆さんの演技にも圧倒されました。一人一人が現実をトレースしたかのように過酷な世界を生きていましたが、今回、園監督ならではの鬼の演技指導はあったのでしょうか。
「今回は全然なかったですよ。最近はその路線でないものもやりたいな、と思っていて」
──
問題が問題だからなのか、残念ながら資金調達の難航も聞こえてきましたが、キャスティングは順調に進んだのでしょうか。
「はい、順調に進みました。役に合っているかどうかを考えて、小野家の隣人宅に住む犬のペギーに至るまでオーディションをしました。実はソフトバンクのCMに出ている“お父さん”もやってきたのです。僕はたぶん高倉健さんに会うよりも興奮して、初めて俳優と2ショット写真を撮らせてもらいましたよ(笑)。でもやはり隣の家の犬にしては目立ちすぎるので、今回は素朴な犬を選びましたが」

 

──
確かに(笑)。映画公開の少し前に、半ドキュメンタリー小説として書籍『希望の国』も出版されていますが、犬といえば、こちらにも園監督が20km圏内で出会った「さみし犬」について書かれていますね。
「ペギーもさみし犬も、自分で生きなければならないですからね。取材では山や森に暮らす犬や猫など動物たちにもたくさん出会ったので、次以降の作品では、被災地の動物もテーマとして入れ込みたいと思っています。これはその小説にも書いたんですけど、取材を始めた頃に夜中に山道を車で走っていたら、そこで暮らす犬猫の無数の眼がヘッドライトに照らされ一斉に光った、ということがあって。この間まで町で飼われていた動物たちが、これからはサバイバルのためにワイルドに生きていく。彼らにとっては、これは核戦争以降の生活なんじゃないかな」
──
聞いていて絵が浮かんでくるような、壮絶な光景ですね。さて、映画の話に戻りますが、泰彦と智恵子が生きてきた“印”としてのハナミズキの木を取り囲む、智恵子が大切に世話をしていた花壇の生命力あふれる美しさがとても印象に残りました。
「開花時期が外れていてもいいから、あの花壇はとにかく鮮やかにしたかったんです。ただ、風から守ったり、夜はカバーしたり、保温がとても大変でしたね」
──
被災地を含め、各地を点々としながらのロケだったと思うのですが、小野家のシーンはどこで撮影したのでしょうか。
「埼玉です。とにかく低予算なので、全日程で合宿するわけにもいかない。撮影後には帰らなければいけないので、近場で撮ることになりました」
──
公開を急いでいた監督の思いもありましたしね。
「本来は福島で撮りたかったけれど、いろいろ解決しなきゃいけない問題が生じていました。でも、次に3.11関連の映画を作る時には、絶対に福島で撮ろうと思っています。いま、20km圏内を映した風景映画を撮影中ですが、それとは別に、来年にはドラマも一本作りたいですね」
──
20km圏内全域が立ち入り禁止だった頃にもたびたび中に入られたそうですが、無人の町を実際に目にされてどう感じましたか。
「当時、巡回するパトロールカーから隠れたりしながらも圏内に入ったのは、どうしても自分の目で確かめたかったから。そこは2011年3月11日のまま時が止まっていて、昨年5月に『ヒミズ』の撮影で訪れた宮城県石巻市の光景とよく似ていましたね」
──
現在は警戒区域が見直され、宿泊をしなければ立ち入りのできる場所もあるんですよね。
「あります。なので昼間は人の気配もするんですけど、ふと気を抜いて夕方になってしまうと、誰もいないゴーストタウンになる。異様な感じですよ。いつか泊まってみたいな、と思っていますけどね」
──
映画の中で、原発からそう遠くはないであろう町に避難した泰彦の息子・洋一が同僚に向かって、「前はちゃんとマスクや手袋をしていたのに」、「一ヶ月経ったらもう忘れたのかよ」、「赤信号みんなで渡れば怖くないってか」などと叫ぶシーンがあります。ここでは、長年付き合わなければならない放射能への異常なスピードでの「慣れ」が描かれていますが、3.11から20XX年に長島原発事故が起こるまで、日本はどんな状態にあったのでしょうか。
「この近未来ではたぶん、わずか数年前のフクシマのことは忘れ去られています。福島第一原発の事故自体、チェルノブイリが大分忘れられた頃にやってきたので、そういう時期にこそ取り返しのつかないことが起こるんだと思いますよ」