honeyee.com|Web Magazine「ハニカム」

Mail News

THINK PIECE

希望の国

フィクションから浮かび上がる福島の今
園子温が原発問題に正面から向き合う渾身作

12 11/7 UP

photo: Yayoi Arimoto text: Misho Matsue edit: Madoka Hattori

 

──
まさに現実がなぞられており、身につまされる思いがしました。また、小説では監督を含む取材チームが、高線量の飯舘村で土砂降りの雨を浴びながらも冗談で笑い合ったり、放射能に慣れていく様子も綴られていますね。
「福島に通い始めた最初の頃は、雨に濡れても平気で歩いている親子連れを見て衝撃を受けていたんです。でも自分も何度も行き来していくうちに、周りの空気に押されたのか、何とも思わなくなったのか……。それは僕が男だからかもしれないし、ちょっとわかりません。東京の自宅で計った線量が0.14~0.17μSv/hだとすれば、南相馬は少し高くて0.2~0.3μSv/hくらい。飯舘村に行くと、2~5μSv/hくらいまで上がるんです。カナダに行った時にも計ってみたら、限りなくゼロに近かったので、3.11以前は東京もそうだったはずが、所詮は全部慣れなんですよね。さすがに、午前と午後で防護服を着替えなければならないような場所ではやはり放射能が気になったし、長居はしなかったけれど。そして僕だけでなく、特集番組のため取材に同行したNHKの記者は、防護服を着て第一原発のすぐ付近まで行ったことがあるそうなのですが、地元の人は普段着のままガイドしてくれているのに自分たちだけが重装備なのが恥ずかしくなり、しまいには防護服を脱いでしまった、と話していました」
──
それはやはり、私たちが日本人だからなのでしょうか。
「そうかもしれません。日本人だからこそ。慣れることによって放射能への恐怖も、反原発の機運も低下している。SF映画で『空気があるぞ』と宇宙服を脱ぐ感覚で、マスクを外してもなんとか生きていけるのであれば、原発もまあ悪くない、となっていくでしょうね。敏感でありさえすれば、あるいは同じ規模の事故が別の国で起きたとしたら、国民が一丸となって原発を止めたと思いますね」
──
日本人の性質が原発再稼働に一役買った部分もある、と。
「基本的に、日本人は報道に弱いですからね。“韓国では反日感情が高まっていて、韓国人はみんな怒っている”といった報道が盛んにされていたものの、この間、韓国の映画祭に行って感じたのは、そんな人は全然いなかったということ。デモに参加していない一般の人々は『竹島なんてちっとも欲しくない』って言っていて、日本食レストランは満席で、日本映画を上映する映画館にもたくさん客が入っていました。逆もまた然りで、お互いに偏った情報で国民感情を煽るような、つまらない報道合戦をしていますよね」
──
なるほど。それから細かいことなのですが、架空の「長島県」について、地理的なイメージはありましたか。洋一から2度目の引っ越しを相談された産婦人科医の「もうどこへ行っても同じですよ」というセリフから、たとえば西日本などに設定されているのかな、と感じたのですが。
「たとえば東北にすれば、『やっぱり東北なんだ』となってしまうし、限定したくなかったので、わからないですけどね。ただ、西日本という設定は考えました。でも、それにしてはよく雪が降っているじゃないか、と。あの雪は偶然で、撮影の直前まで降っていなかったんですよ。あれさえなければ、西日本でも通用したと思いますけど」
──
住む場所に関係なく、いろいろな考えを持った方がいると思いますが、広く全国で観られてほしいと感じます。また、これからを生きる日本人に向けた作品ではありますが、海外でも続々と公開が決定し、第37回トロント国際映画祭では最優秀アジア映画賞も受賞されました。海外での反応についてはどう感じますか。
「この映画は“一見さんお断り”というか、外国人には不親切な作りになっていると思います。日本人がよく知っていること、地震や津波のシーンはわざわざ描く必要はないので、排除しています。でも、うれしいことに海外でもよく知られているというか関心があるようで、たとえばフランスの場合、日本よりも上映館数が多いんですよ」

 

──
フランスといえば、原発事故後わずか数週間でサルコジ元大統領が来日しましたね。
「原発に関心があるんでしょうね。津波というより」
──
未曾有の災害が続けざまに起こったぶん、国内では切っても切れないように思われがちですが、津波と原発問題とは、やはり別物として見られているんですね。
「それに、津波と原発問題では被災地によっても温度差があるんです。お互いに『あっちも大変だね』と、違うものとして認識していますよ。津波の被災者たちは、自分たちのことで手一杯ですから、原発の被災地に強い興味を持っているわけではない。さらには、被災地といっても、それぞれの被災者にバックグラウンドやキャラクターがあるので、それも一括りにはできない。だから『被災地の人々がどう受け止めると思うか』と尋ねられたとしても、それは全米が泣くかどうかを気にするようなもので、そういった大雑把な心配をしても仕方ないんです。一人一人、違いますからね。それから、この映画を観る人に関しても、それぞれが3.11以降をどう考えているかによって、感じ方は変わると思うんですよね。映画への印象や感想はきっと、あの日以来自分の中に蓄積したものの反射なんです」

──
さまざまな登場人物に自分を重ねて観ることで、一人一人が当事者の視点で追体験することができそうです。最後に、メインタイトルが置かれた位置にもインパクトがありますね。
「タイトルは、考えてあの位置に持ってきました。“希望”という言葉がどこで現れるのか、それによっていろいろな意味を感じられると思ったので。僕自身、原発問題についてはもちろん消化しきれていないし、10年後とかにじっくり作ったほうがいいんじゃないかと言われたりもしますが、それでは僕がこの映画を作った意図は伝わらない。まずは映画を撮り、取材を受けたりして自分の話をすることも、この作品の一環だと思うし、あるいは観てくれた人たちが今の状況を語り合うことも大切だと考えています。長いスパンになるとは思いますが、これからもずっと3.11以降の現実を描く映画を作っていくつもりです」

 

『希望の国』

20XX年、日本のどこかにある長島県。巨大地震により引き起こされた原発事故に見舞われた土地に暮らし、揺れ動くある家族の絆を描いたドラマ。過去の園作品とは異なり淡々と静かに進んでいくストーリー、そしてポエティックな映像美が、3.11以降の福島の真の姿を観る者の心に刻む。第37回トロント国際映画祭では最優秀アジア映画賞を受賞。

脚本・監督:園子温
出演:夏八木勲、大谷直子、村上淳、神楽坂恵、清水優、梶原ひかり
製作国:2012年日本、イギリス、台湾
上映時間:133分
配給:ビターズ・エンド
新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国にて上映中
©The Land of Hope Film Partners

http://www.kibounokuni.jp/

 

園子温 『希望の国』

リトルモア
1,575円[税込]
発売中
amazon