honeyee.com|Web Magazine「ハニカム」

Mail News

THINK PIECE

THE POET SPEAKS ギンズバーグへのオマージュ

初の日本公演にむけ、パティ・スミスとフィリップ・グラスが語った言葉

16 5/27 UP

photo: Yoshie Tominaga(p1 Patti Smith)

詩人アレン・ギンズバーグが生誕90年を迎える今年、パティ・スミスとフィリップ・グラスが日本公演を行う。演目は、ギンズバーグへのオマージュである「THE POET SPEAKS」。今尚語り継がれるギンズバーグのスピリットである、反戦、平和への切なる願い、そして物質社会への反抗をフィリップ・グラスが奏でるピアノとパティ・スミスのボーカルとギターでポエトリー・リーディングを行う。日本公演にむけての翻訳は、村上春樹と柴田元幸が手がけているのも注目したい。一夜の夢のようなアーティストたちの競演を目前に、パティ・スミスとフィリップ・グラスがハニカムだけに語った言葉とは。村上春樹と柴田元幸の寄稿文とともにお送りする。

 

Allen Ginsberg(アレン・ギンズバーグ)

1926年6月3日〜19997年4月5日没。ビート文学を代表する詩人、カウンター・カルチャーのアイコン。世界で最も広く読まれる詩人のひとりで、代表作「HOWL (邦題:吠える)」はこれまで22言語で出版されている。個人の行動や創造が、文学や音楽を通じて大きな力となり、社会を変えていく「ムーブメント」の体現者でもあった彼は、ボブ・ディラン、ジョン・レノン、ジョニー・デップ、ジョー・ストラマー(THE CLASH)ら、彼を敬愛する多様なアーティストと交流を持った。

Patti Smith(パティ・スミス)

1946年12月30日米シカゴ生まれのミュージシャン・詩人。21歳の時ニューヨークへ渡り、後の写真家ロバート・メープルソープと出会う。朗読を行う詩人としてステージに立ちはじめ、後にギタリストレニー・ケイらとパティ・スミス・グループを結成。メープルソープがジャケットを撮影したデビュー作『Horses』をはじめ4枚のアルバムを発表。79年、デトロイトへ移住。表だった演奏活動からは退く。フレッド・スミスと結婚し、アルバム『Dream of Life』を共作するも、94年フレッドは病のため急逝。失意の中、ボブ・ディラン、アレン・ギンズバーグらの励ましをうけ、1995年新アルバム『Gone Again』とともに活動を再開。社会活動にも強い関わりを持ち、反戦運動をはじめ、様々な人権擁護団体の活動にも参加する。

Philip Glass(フィリップ・グラス)

1937年1月31日米メリーランド州ボルチモア生まれの現代音楽家。76年、舞台芸術界の伝説的作品『浜辺のアインシュタイン』発表。以降、オペラ、ダンス、映画からオーケストラ楽曲に至るまで活動は多岐に渡る。これまでデヴィッド・ボウイ、ミック・ジャガー、ベックなど彼の作品を敬愛する音楽家との多くのコラボレーションを行った。映画音楽の代表作にダライ・ラマ14世の半生を描いた映画『クンドゥン』、『美女と野獣』など。オペラ作品は、ガンジーの非暴力主義を扱った『サティヤグラハ』、ウォルト・ディズニーの人生最期の日々に光をあてた『ザ・パーフェクト・アメリカン』などで知られる。

 

Questions for Patti Smith

──
フィリップ・グラスさんとの共演について、さらに、彼の音楽について、どのような考えを持っていますか。
「フィリップとは、友人として、また共同作業者として長年に渡って親交が続いています。私にとって彼の音楽は、在りし日のアレン・ギンズバーグの言葉のエネルギーを今も生き生きと感じさせてくれるものでもあるのです」
──
この「POET SPEAKS」という公演は、どのような制作過程を経て完成されたのでしょう。また、お2人が共演するようになったきっかけは何でしたか。
「元々はアレン・ギンズバーグとフィリップ・グラスがポエトリー・リーディングを一緒にやっていたんです。その後、フィリップ、アレンとともにチベット問題や、彼らの様々な活動に、私も共鳴し参加するようになりました。そしてアレンが亡くなったとき、親友であった彼の詩を偲んで朗読をしたのがはじまりです。そういった機会が何度か重なり、最終的にはフィリップが『The Poet Speaks』の公演を完成させました」
──
音楽を奏でるときと詩を郎読する際の表現方法の違い、または共通点は。
「音楽を演奏していようと、ポエトリー・リーディングをしていようと、素晴らしいのは人々が繋がっていくということ。私がアレン・ギンズバーグの作品を読むとき、それは難解な部分もあるけれど、同時にとても強いパワーを秘めています。作品に内包された巨大なエネルギーを感じとることができるでしょう。そのエネルギーが観客へと放たれていくところが好きなんです。これはロックを演奏しているときも同じで、言葉の力が同種のエネルギーを生むことも当然可能なんです。詩や言葉を書くということは孤独で、内向的な行為であるかもしれません。でも、もしパフォーマンスにしたら、それはあなたが観客へと向けて発するものになる。これは詩の朗読であろうと、ロックンロールの演奏であろうと共通していることですね」
──
生前のアレン・ギンズバーグと深い親交をお持ちだったとのことですが、彼はどのような人物だったのでしょう。
「私にとってアレンは、教えを乞う先生のような存在でもあり、一緒にパフォーマンスを行う仲間でもあり、そして何より親しい友人でした。でも彼とのより強い繋がりを本当に感じはじめたのは、フィリップと一緒に演奏をするようになってからです。『The Poet Speaks』を上演できる機会に感謝するとともに同時にパフォーマンスを楽しむことも心がけています。なぜならアレンはスピリチュアルな側面もあったけれど、同時に優れたユーモアのセンスの持ち主で、深い愛情にあふれた人だったから」

──
今回の日本公演では、詩の翻訳を村上春樹さんが手がけています。彼のファンだと伺っていますが、今回のコラボレーションに至ったのはどのような経緯があったのでしょうか。
「大変有難いことに、日本から最終的な公演のオファーをもらったときには、もう彼は既にプロジェクトへの参加を快諾してくれていて、そのことに対しては本当に感謝しています。彼の作品は長年読んでいますし、ベルリンで彼がヴェルト文学賞を受賞した時にも実際に会っているの」
──
村上春樹作品で、好きな作品は。
「彼の作品で英語に翻訳されているものは、全て読んでいるはずです。どれも素晴らしいけれど、強いて挙げるなら『1973年のピンボール』は私のお気に入り。『羊をめぐる冒険』、『海辺のカフカ』、『ねじまき鳥クロニクル』も好きよ。特に『ねじまき鳥クロニクル』と『羊をめぐる冒険』は、好きな作品で何度も何度も再読しているんです」
──
愛娘ジェシー・スミスさんも同じく、アーティストでミュージシャンですね。今回初となる共演について、彼女にアーティストして期待することはありますか。
「娘はとてもクリエイティブで、柔軟な性格の持ち主。ミュージシャンであり、活動家としても活発で、人権や環境問題への意識が非常に高い人です。世界中のあらゆる多様な文化への関心も旺盛で、今回の日本公演でも、チベットの音楽家、テンジン・チョーギャルと共演する予定です。期待することと言えば、他人を愛し、彼女のマインドや良心が健全であるように願うことくらいです。娘が幸せで、健康であれば、自分にとって大切なものは何か、彼女自身が選んでくれると思っています」
──
「Poet Speaks」は日本で初めての公演になりますが、日本のオーディエンスに向けて伝えたいメッセージがあれば。
「日本にまた帰って来られて嬉しいです。そして今回は村上春樹さん、柴田元幸さんとのコラボレーションも楽しみにしています」

 

Articles from Haruki Murakami


パティ・スミスさんのこと

僕が数年前にベルリンで何かの賞を受けたとき、授賞式にパティ・スミスさんがわざわざ飛行機に乗って来てくれて、お祝いのギター弾き語りをしてくれた。主宰したドイツの新聞社の人に「またどうして?」ときいたら、「声をかけてみたら喜んできてくれた。自分のマイレージで切符を買うから交通費はいらない。そのかわりブレヒトがベルリンで定宿にしていたホテルの部屋をとってくれ。それが彼女の出した唯一の条件だった」ということだった。

式のあとで二人でご飯を食べながらいろんな話をした。ずいぶん不思議な人だった。まるで地上から数センチだけ浮かんで生きているような人だ。今回、来日する彼女のために、彼女とアレン・ギンズバーグの詩の翻訳ができることを、僕としてはとても嬉しく思う。彼女の鋭くタフなヴォイスに負けないような翻訳ができるといいのだけれど。

村上春樹

 

Articles from Motoyuki Shibata


詩とは、ことばの「意味」としての側面だけでなく、「音」としての側面も目いっぱい活用する営みです。いわば、アタマのみならずカラダにもつながることば。

アレン・ギンズバーグは、だれにもまして、ことばとカラダのつながりを、まさに身をもって演じてみせた詩人でした。

そういう、音やカラダと密接した詩を訳すのは、原理的に困難です。何しろ、訳したら、音はガラッと変わってしまうのですから。

でも、強い詩には、そういう困難を超えて伝わるものがあります。ギンズバーグの詩にも、パティ・スミスさんの詩にも、それがあります。ましてや、フィリップ・グラスさんの音楽という、もうひとつの強い音、強いカラダがそこに加わるのですから、大丈夫です。

けれどそのためには、翻訳者がちゃんと仕事をしないといけません。現代文化を世界的に代表する御三人の中に一介の翻訳家がまぎれ込むのはどう考えても場違いなのですが、まさに「末席を汚(けが)す」ことにならぬようがんばります。