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THINK PIECE

BECK 『MODERN GUILT』

『モダン・ギルト』でシンプルに歌を紡いだ、ベックの今の視線は

08 8/26 UP

Text:Nami Sezawa

実験的で情報ボリュームの多かった前作『ジ・インフォメーション』から2年、ナールズ・バークレーのデンジャー・マウスを起用した10枚目のアルバム『モダン・ギルト』をリリースしたベック。サイケデリックな雰囲気が漂うシンプルでメロディアスな楽曲、そして現代社会のさまざまな問題を連想させる意味深なタイトルで彼が表現したかったこととは。

ベック

1970年生まれ。93年にインディーでリリースした『ルーザー』が話題を呼び、94年に『メロウ・ゴールド』でメジャーデビュー。これまでに通算13枚のアルバムをリリースしてきた多作ながら、ハイブリッドなスタイルで常にクオリティの高い作品を生み出し続ける天才アーティスト。代表作に『オディレイ』『シー・チェンジ』など。
http://www.beck.com/

 

──
近年のあなたの作品では最もシンプルでありつつ、サイケデリックなサウンドの質感が幾重にも解釈の余地を与えてくれる素晴らしい作品になりました。今回はどういった興味の起点からスタートしたんですか?
「前作はビートが主体で、ヒップホップの要素とハービー・ハンコック、マイルス・デイヴィスのような70年代のジャズと融合させることを追求してみたんだ。だから今度は、シンプルで、簡潔で、メロディアスな作品が作りたくなったんだよ。つまり、メロディーとソングライティングが主体の作品を作りたかったんだ。シンプルでクリアなメロディーにしたかったし、アコースティック・ギターで一人で演奏できるような曲を作りたかった。前作とその前の作品には、"音響実験"と呼べるような曲が多かった。スタジオでそういう実験的な曲を作るのは一つのチャレンジだし、新境地を開拓してるという実感があるから僕にとってはおもしろいんだ。でもそういう曲はステージで演奏したり、人に聴かせると、一つの楽曲としてというより、コンセプトとしておもしろいことに気づいたんだ」
──
そのリアクションとしての側面も新作にはある、と。
「うん、だから新作では、それぞれの曲のソングライティングを防弾チョッキなみに強力にしようと思った。できる限りビジョンを形にして、焦点の絞られた曲にしたかった。このアルバムの楽曲は、聴いたときにリスナーがショックを受けて驚くものにしたいわけじゃなかった。演奏は控えめだし、繊細な曲が多い。しばらく聴いてから良さが分かると思うよ。よく聴くと分かるけど、とてもメロディアスだし、すぐに飽きない曲だと思うんだ」

 

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そういう方向性は間違っていない、と作っていたと最初に感じた曲はどれですか?
「"Modern Guilt"とか、一番最初にレコーディングした"Orphans"もそうだね。"Orphans"をレコーディングして、アルバム全部をデンジャー・マウスとやろうと決めたんだと思う。あの曲を作って、何かがピンときたんだ。60年代のクラシックなポップのフィーリングがある曲なんだけど、もっとダーティーでモダンなサウンドの曲に仕上がったんだ。ノスタルジックな感じが、しなかった。微妙なところをついている曲だし、僕の心の琴線に響く曲に仕上がったんだ。ノスタルジアと、モダンで今っぽいサウンドの、ちょうど中間くらいにあるんだけど、それってなかなか難しいことだよね。60年代を追求すると、どうしてもキッチュだったり、ノスタルジックになっちゃう。60年代の要素を取り入れてモダンなサウンドを作るのは難しいんだ。当時のポップ・ミュージックは本当に素晴らしかったし、とっても独創的だった──60年代からロックがソフィスティケートし始めて、ブルース、フォークのルーツがあったところに、クラシック・ミュージック、オーケストレーションなどが取り入れられるようになった。だから僕らもそういう要素を自分たちの曲に取り入れることにしたんだよ」
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10曲で33分、という非常に短いこの『モダン・ギルト』は、長編アルバムだった前作『ジ・インフォメーション』とは長さの面では正反対になりました。短いアルバムだからこそ伝えられることは、何だと思います?
「昔は、アルバムを作るときに、何も考えないでとにかくどんどんアイデアを出していっただけだったから、アルバムの仕上がりには、リスナーと同様に僕も驚いていたよ(笑)。でも今は、最終的にどういう作品になるべきかはもっと意識している。アルバムが時代とどう関連性があるかということも重要なんだ。みんなが聴きたがるような作品を作る上で、どういうアプローチをとるべきかを考えないといけない。色々なウェブサイトをみると、アルバムで最もダウンロードされているトップ3の曲がどれかが分かる。だから今のリスナーは、一枚のアルバムとして作品を聴いていないことが多い。そう思うと、アルバムを最初から最後まで一つの作品として聴いてくれるような長さにしたくなったんだ。そうすれば、アルバムを聴いている最中に他のことをしないはずだし」