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『ウォンテッド』ティムール・ベクマンベトフ監督が語る
内的/外的感覚の視覚化。

08 10/1 UP

Text:Milkman Saito

『ナイト・ウォッチ』、『デイ・ウォッチ』でロシアから世界に飛び出し、クエンティン・タランティーノをして「驚嘆すべき映像作家」と言わしめた奇才、ティムール・ベクマンベトフ。その彼がハリウッドの最新技術を駆使したアクション・ムービーのエポックメイキング『ウォンテッド』を引っ提げて来日。安易なエンタテインメントに溺れがちな「映画の都」に革新を起こす彼が語る「真に特異なヴィジュアル表現」とは?

Timur Bekmambetov/ティムール・ベクマンベトフ

1961年、旧ソ連カザフスタン生まれ。CM、ミュージック・ビデオの監督を経て、94年『エスケープ・フロム・アフガン』にて映画監督デビュー。04年、監督・脚本を務めた『ナイト・ウォッチ』がロシア国内の興行記録を塗り替え、世界的にも高い評価を収める。また『ナイト・ウォッチ』の続編『デイ・ウォッチ』の実績が認められ、今作『ウォンテッド』でハリウッド進出を果たす。

 

「我々ロシア人はこの時代、ユニークな運命に翻弄されて、ユニークな人生を生きてきたからね。たとえば私なら、カザフスタンに生まれて、モスクワで映画を学び映画を作って、そしていまアメリカで仕事している。新しいことに常に直面すること……そこから新しさは生まれるんだと思う」
昨今、新しい"血"の登用に躍起となっているハリウッド。やもすれば安易な企画と子供騙しのエンタテインメントに溺れがちな「映画の都」に、真に特異なヴィジュアル感覚を持った奇才が堂々参入だ。

クリエイターの名はティムール・ベクマンベトフ、47歳。見たところ明らかにアジア系の"気のいいおっちゃん"然としているが、映像スタイルは極めて斬新。物語も荒唐無稽。それでいながら独特のリアリズムと内的/外的感覚の表現、そしてすっとぼけたユーモアがある。もちろん新作『ウォンテッド』でもそれは変わらない……どころかさらに先鋭化しているのだ。
主人公は冴えないサラリーマン、ウェスリー25歳(ジェイムズ・マカヴォイ)。職場では上司に絶えず怒鳴られ、親友と思っていた同僚に同棲中の彼女を寝取られ……自分の名前でググっても検察結果はゼロ、ストレスと劣等感に苛まれ、このまま負け犬の運命を生きながらえねばならないのかとうんざりしている男。そんなどうしようもない日常からストーリーは開始し、予想もつかない飛躍を見せるのはベクマンベトフの出世作『ナイト・ウォッチ』『デイ・ウォッチ』と同じだ。しかも今回、物語は常にウェスリーの視点から語られていく。
「ウェスリーが経験することになるスーパーナチュラルな出来事や恐怖心。それを観客が彼と一緒に体験していく……そういう趣向が面白いと思ったんだ。さらにSFXを使って、ウェスリーの深層部で発した動揺の感情、潜在的な恐怖や希望を夢のように視覚化しようとした。それこそが映画というものだからね」

 

ウェスリーが会社で怒られパニックを起こすと上司の顔が動悸にあわせて波打って見えたりする。その効果はのちに、より増幅され引き延ばされることになるのだが、心理を極端にヴィジュアル化してしまうということについて、ベクマンベトフはほとんど表現主義者であるといってもいい。
「私も含め、私の身の回りにあったさまざまな人生は極端なものばかりだったのでね。モスクワはそういう環境なんだよ。魔女だっているんだから」
なるほど、アメリカにいるウェスリーも"魔女"に出会うこととなる。ある日、ドラッグストアで出会った……というか、いきなりド派手な市街戦に巻き込んだセクシー美女(アンジェリーナ・ジョリー)に自分が偉大な暗殺者の血を引いていると囁かれ、「フラタニティ」と称する暗殺者集団にスカウトされる。そして結局、父の仕事を受け継ぐ道を選ぶのだ。最後まで観れば判ることだが、この非日常に身を投じるという決断が"彼"を変える。そう、ウェスリーにとっての、そしてベクマンベトフにとってのファンタジーは逃避ではない。いつまでも続くかに思える日常や自分を縛る運命といったものを打破するための武器なのだ。
「そう、とても攻撃的だね。しかし、苦痛と試練と拷問と流血を克服してのち、最終的に主人公は自分をも乗り越えようとする。新しい人間になろうとする……そういう物語は綿々とかたちを変えつつ続いているものだ。ロシアにも伝統的にそういうものが多いしね。それに私は何も付け加えていない」
物語原型ともいうべきストーリーだからこそ、映画に強度が生まれるということか。そういえばこの映画に登場する秘密結社「フラタニティ」の設定も面白い。彼らの本拠があるのは巨大な織物工場。暗殺者たちは普段、織物職人の顔も持っている。実はこの結社、1000年前に織物師たちが世界の秩序を保持するために作られたものだというのだ。