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THINK PIECE

相対性理論 presents “解析 I”

出演:渋谷慶一郎(ATAK) / sim / 相対性理論
2009年6月14日 LIQUIDROOM

09 7/3 UP

Text:Koremasa Uno Photo:Shoichi Kajino

「次は何が始まるのか」とオーディエンスがステージを注視する中、その真ん中にグランドピアノが運びこまれる。この日の渋谷慶一郎のライヴには、コンピュータもシンセもなければ、もちろん巨大なプロジェクターも8チャンネルのスピーカーシステムもない。ただ、ピアノが一台と、その演奏者である渋谷慶一郎が一人。自身もATAK NIGHTのオーガナイザーとしてイベントを取り仕切ってきた経験を持つ渋谷だけに、「オールスタンディングの会場でピアノソロなんていう面倒なことしてすいません」とまずはオーディエンスのコンディションを気遣っていたが、最初の一音が鳴らされた瞬間、ザワザワとしていた会場の空気は一変。約1000人の静寂の中を、これまでのATAKの作品とはまったく位相の異なるメロディアスなピアノの旋律が響き渡る。

ステージを見上げるポジションだったので最初は分からなかったが、驚かされたのは、ピアノの蓋が取り外され、鍵盤の先にある弦がむき出しになっていたこと。それに気づいたのは、渋谷が演奏の合間にもピアノの内部に腕を伸ばして弦をはじくなどの演奏を行っていたからだが、ピアノの鍵盤の上の蓋を外すのは、より正確なモニタリングをするという意図もあったらしい。表現の手法は違えど、一音一音への集中度と緊張感、そして一つの楽曲の中でのリズムの変化や転調におけるこの研ぎ澄まされた感覚は、まさに渋谷慶一郎の音楽そのものだ。

この日演奏されたのは、デレク・ジャーマン監督作品『BLUE』(1993年)のイントロダクションにインスパイアされたという楽曲を含め、今年の9月11日にリリースを予定している全編ピアノソロのアルバム『for maria』からの全6曲。「天使と音楽は、密接な関係にあると思います」というMCに導かれて演奏された2曲目の“angel passed”に顕著だったが、これまでの渋谷の作品では封印されてきたようにも思えた、音楽における物語性やセンチメントが解放されているのが印象的だった。ライヴ当日の前後はアルバム『for maria』のエディット、ミックス、マスタリングに明け暮れていて、完全にピアノ・モードになっていたからこれしか考えられなかったというこの日のステージ。会場の大部分を占めたであろう相対性理論目当てのオーディエンスは、図らずも、渋谷慶一郎の最も新しいモードを誰よりも早く生で体験することとなった。

開演から2時間が過ぎ、相対性理論が遂にステージに現れた。ほとんど写真が公表されてないこともあって、メンバーの姿をできるだけはっきり目に焼きつけよう(そしてその印象を相対性理論好きの知り合いに報告しよう)とオーディエンスは前に押し寄せるが、4人のメンバーの様子はいたって平熱。照明をわざと暗くしたりとか、逆光にしたりとか、そういう思わせぶりな演出も一切ない。ただ、ヴォーカルやくしまるの立ち振るまいだけはかなり異様だ。歌っている最中は腰に手を当て直立不動。曲間では、まるで何かの儀式のようにゆっくりとした動作で水を飲む。そしてこれは毎回違うフレーズなのだが、この日も曲が始まる前に、「わたしはあなたの101回目の花嫁よ」とか「生まれ変わったら女の子になっちゃいました」といった謎のMCを挟みこんでいく。そして、オーディエンスはそんな彼女の一挙一動を、固唾を飲んで見つめている。あまりにも見つめるのに夢中で、アッパーな曲やダンサブルな曲でも、身体を動かしている人がほとんどいないのが、相対性理論のライヴではお約束のフロアの光景だ。

 

ライヴでの基本的な音楽スタイルは、80年代のザ・ポリスやザ・スミスを連想させるような、残響処理を抑えたタイトなロックバンドのそれ。そこに、同時代のバンドでいうとフランスのフェニックスに近いような、独特の音色に対する鋭敏な意識を浸透させている。もっとも、『シフォン主義』と『ハイファイ新書』の間に大きな変化があったように、今後も同じ場所で止まってるようなバンドとは思えず、そのあたりは、80年代末から90年代初頭にかけてのフリッパーズ・ギターのめまぐるしい音楽的変化を思い出させてくれるようなスリルもある。この日のライヴでも、新曲1曲を含むラストの3曲では打ち込み主体のパフォーマンスを披露するなど、今後の変化への片鱗をうかがわせていた。

個々のメンバーのテクニックはそれなりの水準にあるものの、ライヴにおけるバンドとしての音のバランスや構成力には、CDと比べるとまだまだ改善の余地がある相対性理論。ただ、ウィスパー系のロリータアニメ声のようでいて、実はかなりの声量で完璧な発声をしているやくしまるのヴォーカルは、やはりこのバンドの大きな財産だ。CDのクレジットで確認できる限り、このバンドのほぼすべての作詞、作曲を手がけているのは真部脩一(bass)だが、ライヴでのやくしまるはそれを完全に血肉化し、自分の表現にしている。

今のところ、一回一回のライヴがすべて「事件」となってしまうという状況にある相対性理論。渋谷慶一郎とsimを迎えたこの日の「解析 I」も、今後しばらく音楽ファンの間では「最新の事件」として、いろんな場所で語られていくことだろう。