honeyee.com|Web Magazine「ハニカム」

Mail News

THINK PIECE

WOLFGANG AMADEUS PHOENIX

パリ、ヴェルサイユ、ロンドン…
2年にわたりレコーディング中のフェニックスを追ったいくつかのエピソード

09 7/7 UP

Photo&Text:Shoichi Kajino

光で思い出すのは「LOVE LIKE A SUNSET」というタイトルそのものや、「ROMA」や「COUNTDOWN」といったトラックの歌詞の中に、頻繁に「SUN」という単語を聞き取れることだ。とても抽象的な表現になってしまうのだが、このアルバムを通してとても強く感じたのは、まるで逆光のように強い光のようなイメージである。明快なポップなアルバムでありながら、それぞれのトラックが単純ではない多くのレイヤーを持っていることは、このアルバムが前作『It's Never Been Like That』と大きく異なる点だと思うが、そのレイヤーにまるで水面に反射するようなころころとした光を想起させる音が散りばめられているように感じて仕方がない。

「君がそう感じるてくれるなら、それは間違いではないはずだ。僕らの音楽に一つの解釈しか赦さないようなつもりはない。リスナーが与えてくれた解釈すべてが間違っていないと思う」とトマは返してくれた。さらに「歌詞を書く際に、真っ赤で巨大な太陽の沈む瞬間をイメージしたんだ。とても混沌としたその時間を」と告白してくれた。

さらに突っ込んでほとんどの歌詞を書いているトマに少しプライヴェートなことを聞いたこともある。もちろんパートナーのソフィアと愛娘ロミーの存在である。この数年彼を取り囲むこの幸福なプライヴェートの時間が、その作品に多少なりの影響を与えているのは確実に思えたからだ。

「うん、それはもちろん。でもこれ以上は秘密にしておくよ。手品の種明かしをするように歌に込められた神秘を暴きすぎるのはよくないからね…(笑)」確かにその通りである。フェニックスの歌詞はたとえそこに具体的な単語が並んでいてさえ、全てが何かの暗喩であるかのような不思議な世界観で成立しているのが特徴的だ。「今回はどこか未来的なものにしたかった」ともいうトマ。前作では「ナポレオン・セッズ」という曲を歌い、そして今作はモーツァルトやリスト、1901…、それは過去のアーカイヴをレファレンスをふまえながらも、時代のスケールさえ飛び越えたその詩の世界にも耳を傾けてほしい。もともと甘い響きをもったトマのヴォーカルだが、このアルバムではますますそのヴォーカルのレンジの広さと甘さが増していることに気付くはずだ。これに一役買っているのはデックである。この記事の中で彼の発言は一切ないのだけれど、彼はインタヴューの席でもあまり多くを語らない。それでも唯一学校で音楽を学んで来た経歴をいかして、レコーディング、ステージとも、多くの場面でキーを握っている存在でもある。トマのヴォーカルのレンジの調整もすべてそのデックの指導によるものだと明かしてくれた。

何よりも初めてアルバムを通して聴いた際、ことさら驚かされたのは「LOVE LIKE A SUNSET」というトラック。その壮大な一大叙事詩のようなスケールと、まるでライヒのような抽象性。本人たちを前に「これがフェニックスの新しい方向性だ」と叫んでしまった。そしてその解釈もまた、後日話を聞いていてまったく間違いではなかったことを知る。「僕らはこのアルバムを作っている間、スティーヴ・ライヒの音楽をよく聴いていたんだよ。みんなでケルンにまでライヒのコンサートも見に行ったほど。素晴らしかったよ」(クリスチャン)。

「ヴェルサイユでのレコーディング作業の後、夜、パリまで帰ってくる車の中でスティーヴ・ライヒの音楽を聴いていたんだ。そのとき流れるてくる道路や、トンネルの中の光が、リズムを生んで音楽になっているのを感じたよ。ライヒと同調するように。それはとてもいいインスピレーションになって、僕らはこの手法を多く取り入れることにしたんだ」(トマ)。

 

ヴェルサイユは彼ら4人が幼少を過ごした街で、今もトマの実家のお城はヴェルサイユ宮殿の通りを挟んですぐわきにある。そのお城の地下は完全にフェニックスのためのベースメントになっていて、楽器や機材が山のように積まれたスタジオもあるのである。まだ学生時代、彼らの活動が始まったのもこの場所で、ブランコ以外の3人は小学生のときからの同級生だった。当時ブランコはダフト・パンクの二人とその前身となるダーリンのメンバーとしてギター・バンド、“ダーリン”を組んでいたが、弟の友人たちのバンド、フェニックスに合流。英国BBCのテレヴィのライヴ・ショーに出演することになった同じくヴェルサイユの先輩バンド、エールのバックバンドとして登場したのが、きっかけになってデビュー・アルバムをレコーディングするにいたった。あらゆる意味において血筋のよい中から生まれてきたバンドはデビュー・アルバムでいきなり「If I Ever Feel Better」という永遠のマスターピースを生み、後にはエディ・スリマンやソフィア・コッポラという時代のアイコンに愛されてきたというわけだ。

かつてセカンド・アルバム「アルファベティカル」の完成直後の取材の際、メンバーと「ポップ・ミュージック」について話していたときに聞いたブランコの印象的な言葉がある。「僕たちはポップ・ミュージックを作っているわけではないんだ。僕らが作っているのはソウル・ミュージックなんだ」。この言葉を知って以来、より深く彼らの音楽を理解できるようになった気がする。そう、彼らの音楽はとても魂に響く。

デビュー以来その活動を追ってきたフォトグラファーとして、ジャーナリストとして、そしてファンとして、このアルバムのレコーディング中の2年の間、いくつかの幸運な瞬間に立ち会えた。そんな意味で個人的にも思い入れのあるアルバムであるのは拭えないのだが、そんなひいき目抜きにしても『Wolfgang Amadeus Phoenix』はその壮大な名前に負けることない、2009年を象徴する素晴らしいアルバムであると断言できる。そしてリハーサル、サウンドチェックを通してみた彼らの新しいステージは、これまでよりさらに緻密なものに仕上がっている。この夏、サマーソニック出演で再び来日が決まっている彼ら。ぜひアルバムでステージで、そのフレンチネスに接してほしい。

 

Phoenix
『Wolfgang Amadeus Phoenix』

¥2,490(Tax In)
LAYOUTÉ/ Hostess Entertainment

Phoenix Web Site
http://www.wearephoenix.com/