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Text:Daisuke Kawasaki (Beikoku-Ongaku)
この魅惑的なストーリーの生みの親は、アラン・ムーア。元祖ゴス・バンドのバウハウスが生まれた街、英国はノーザンプトン出身の伝説的コミック・ライター(ストーリー執筆者)だ。彼のコミック『ウォッチメン』は、86年の刊行スタート時から一大センセーションを巻き起こし、ありとあらゆる称賛を獲得。しかし、そのあまりにも巨大なストーリーゆえ、「映画化は不可能か?」とすら言われていた。テリー・ギリアム、ダーレン・アロノフスキーといった監督の名前が挙がっては、次々と企画は頓挫。そんな中、ついに映画化を実現したのが、ザック・スナイダー監督。フランク・ミラー原作のコミック『300』を、「一コマまで完全に再現する」という手法で映画化し、大きな成功をおさめた彼が、同じ手法で「原作の完全なる映画化」に挑んだのが本作。結果は、大成功だと言っていいのではないか。
こんなシーンを想像してみてほしい。
『地獄の黙示録』調のヴェトナム・シーンで、身長200メートル(推定)の青い全裸巨人が、「核を超える力(推定)」を掌から放射し、ヴェトコン兵が次々蒸発。そして、すべての敵兵が「青い巨人」に投降して、彼を神のように敬う——と字で書くとまるで気が狂ったようだが、「それ以上に気違いじみた」映像でこんな光景が描写されているのだ! 目も眩むような巨費を投じたVFXを自在に駆使して・
その「青い巨人」Dr. マンハッタンの映像化にも感激だが、個人的に最も感情移入したのがナイトオウル二世。ヒーローを引退し、常人として優柔不断に生きていた彼が、再びコスチュームに身を包む。そして「仲間」が収監された刑務所に殴り込む——ここで燃えなければ男ではない。そんな血湧き肉踊る英雄譚の定番的快感と、史上稀に見るシニシズムの両方が「ほぼ満杯」に詰め込まれた163分こそ、本作『ウォッチメン』なのだ。
すでに公開されたアメリカでは、記録的な興収で初登場一位を奪取。内容的にも、あの『ダークナイト』を超えた、との声も高い。それは当然のことだ。なぜなら、本作の「想像を絶するほどの悪夢的世界」は、今日の現実世界と、驚くほどよく似ているのだから。『ウォッチメン』の一人一人が、まさに「アメリカ的なるもの」の象徴でもあるのだから。
それゆえ、彼らには、これまでの「コミックブック・ヒーロー」には許されなかった、大いなる特権が与えられている。「現実社会に大きく関与した」ポップ・ミュージックを作品中で使用できる、というのがそのひとつ。一体これまで、ボブ・ディランの曲が最高に決まる「スーパーヒーロー映画」なんてあっただろうか!?
冒頭、ディランの「時代は変わる」が流れる見事な導入部、そしてディラン作でジミヘンがプレイする「見張り塔からずっと」をバックにナイトオウルの愛機「アーチー」が夜の街へ出撃する場面(ここも燃える)——これらのシーンで、この歪んで奇怪な『ウォッチメン』世界は、我々が住む現実世界と直列で結びつく。同時に我々もまた、あらゆる欲と理想と暴力と平和のための統制が吹き荒れる「悪夢的世界」へといざなわれることになる。こんなものが「完全」映画化されたあと、他の「スーパーヒーロー映画」はどうするのだろうか? 今後まだ何か、語るべきものが残っているのか?——思わずそんなことを心配してしまうぐらい、本作は「スーパーヒーローという神話」を解体した。そして——かつて、アラン・ムーアがそうしたように——「スーパーヒーロー」の映画を、キッズのお楽しみから、「カウンター・カルチャーの主戦場」にまで引き上げた、と言えるだろう。
この特異な題材を語り尽くすにあたって、「映画にしかできない」嘘を最初から最後までつきとおした、という点でも特筆すべき一作だ。ザック・スナイダー監督の「映画作家としての腕力」は、並大抵のものではない。映画的快楽を存分に楽しんで、そして見終わったあと、次から次に、いろんなことを考えされられる——そんな「重量級」作品が本作『ウォッチメン』だ。
監督:ザック・スナイダー
脚本:デイヴィッド・ヘイター、アレックス・ツェー
製作:ローレンス・ゴードン、ロイド・レヴィン、デボラ・スナイダー
出演:マリン・アッカーマン、ビリー・クラダップ、マシュー・グード、ジェフリー・ディーン・モーガン、ジャッキー・アール・ヘイリー、パトリック・ウィルソン
2009年/アメリカ
原題:WATCHMEN
上映時間:2時間43分
配給:パラマウント・ピクチャーズ・ジャパン
3月28日より丸の内ルーブルほか全国にて公開
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オリジナル・サウンドトラック
(ワーナーミュージック・ジャパン)
2,580円(税込)