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THINK PIECE

9<ナイン> ~9番目の奇妙な人形~

ダークファンタジーでありながら、
アクションシークエンスを併せ持つ長編アニメーション。

10 5/7 UP

text: Milkman Saito

アカデミー賞の短編アニメ部門にノミネートされた同名作にティム・バートン監督が惚れ込み、プロデュースを手掛けて長編化。人類滅亡後の世界を舞台に、背番号を持つ9体の人形 が巨大な機械獣と闘うダークファンタジー・アニメーション。独特のビジュアル・センスとシュールな世界観を生み出した新人監督、シェーン・アッカーに鋭く切り込む。

シェーン・アッカー

1971年イリノイ州ホイートン生まれ。1994年フロリダ大学で建築を学んだ後、さらにUCLAに進むが、そこでアニメーションの授業でアニメーションに目覚め、一生の仕事にすることに決める。1998年に建築学の修士を取得した後、UCLAのアニメーションのワークショップへ。ワークショップ時代に“The Hangnail”と“The Astounding Talents of Mr. Grenade”を発表。“9”は、学生アカデミー賞アニメーション部門ゴール ド・アワードを受賞し、アカデミー賞短編アニメーション賞にもノミネートされる。

 

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ある日、無人の荒れた部屋の床で目を覚ました奇妙な人形。麻布を継ぎ合わせて作られた身体。腹部にはジッパーがあり、背中には「9」という数字が。自分が何者なのか、どこにいるのかも判らぬまま外に出ると、そこは機械獣の跋扈する、人影のない廃墟と化した世界だった……。

今年39歳になる新鋭アニメーション監督、シェーン・アッカーの『9<ナイン> 〜9番目の奇妙な人形〜』は、人類滅亡後のダークな光景の中で展開する長篇CGアニメーションだ。しかしながらキャラクターが、明らかにパペット・アニメーション的なのは一目瞭然。ことに東欧の、シュヴァンクマイエルが創りだすシュルレアリスティックで陰鬱なムードを想起させる。
「もちろん、シュヴァンクマイエルは大好きさ。彼に心酔し、弟子でもあるクエイ兄弟ももちろんね。それにドイツのロイエンシュタイン兄弟の、ことにアカデミー短編アニメーション賞を獲った『バランス』(’89)に影響を受けていて、人形の背中に番号がついているというのも実はそこからきてるんだ(笑)。それから画家だけど、シュールでホラー的な作品を描いているポーランドのズジスワフ・ベクシンスキー。彼らはとてもファンタスティックだねえ」
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なるほど、監督の趣味がものすごくよく判る人選である。しかし彼の映画がユニークなのは、こんなダークでマニアックな嗜好なのに映画そのものはとてもハリウッドライクなエンタテインメントだってところだ。

「いろんなレヴェルで観客にアピールしたいと思いながら作ってたからね。でもいちばん大事だったのは、自分の中に棲んでる12歳の男の子が楽しめるかどうか、ってこと。小さいときに大好きだった『スター・ウォーズ』や、『タイタンの戦い』のようなレイ・ハリーハウゼンの冒険映画とかを彷彿とさせるようなものにしたかった。でもその一方でもっと深いこと……マシーンの時代(Age of Machine)にあって、人間であるということはどういうことなのか、についても描きたかったんだ。観客によってはピュアなハリウッド・エンタテインメントとして楽しめるだろうし、別の観客には社会学的な視点とか、人間というものの創造性や破滅的な性質についての物語であるとも感じてもらえるようなね」

 

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この終末世界には、主人公の「9」をはじめ、全部で9体の人形がいる。それぞれに個性があり、それに見合ったキャラクター・デザインとヴォイス・キャスト(こちらもかな〜りマニアック)が組まれているのが楽しい。傲慢で老獪な「1」(声はクリストファー・プラマー)、お人好しの老発明家「2」(マーティン・ランドー)、好奇心旺盛な双子の「3」&「4」、9の相棒でエンジニアの「5」(ジョン・C・ライリー)、オタクな芸術家「6」(クリスピン・グローヴァー)、勇敢な女戦士「7」(ジェニファー・コネリー)、腕力勝負の用心棒「8」、そしてこの人形集団の均衡をぶち壊し、次の次元へと導く「9」(イライジャ・ウッド)。……それにしてもなぜ「9」なんだろう?
「いくつかの意味があるんだ。さまざまな文化や宗教、とくに神秘主義的な思想において、9は凄くパワフルな番号としてあちこちで出てくる。僕が思うに、それは「3×3=9」だからじゃないんだろうか。3も神聖で重要な数字だよね。「三位一体」というのもそうだし、自然界にもよく見られるし、スピリチュアルな世界でもそう。それが3倍というのはやはり最大の力を表すだろうし、僕の主人公にもそうしたパワフルな番号を与えることにしたんだ。また1から10と数えたとき、10は完璧を示すことになる。人形たちは人間たちの表象でもあるので、けっして完璧にはなれないから、その一つ前の9ってことなんだよね」
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この9体の人形と、人類のみならず世界をも滅ぼしてしまった巨大で強大な「マシーン」とのあいだには浅からぬ因縁がある。ひとりの天才科学者が悔悟と希望の念を封じこめた「タリスマン」(映画字幕では「ソース」)と呼ばれる円盤装置……いわば霊的なハードディスクのようなものだろうか? 彼はそれを通して、自分と人形と「マシーン」を繋げようとしたのだが……。
「「霊的なハードディスク」って面白い考えかただねぇ。「タリスマン」(魔除け)とは錬金術師がトランスミューテイション(変成)を行うときに使うものだ。たぶんこの科学者はもともとはハード・サイエンスの人間だった。でも世界が滅びる寸前に、錬金術とかダーク・サイエンスに目を向けて、人間性の欠けた物体になんとか自分の魂を移す方法を模索したんだ。それで発明したのがタリスマンじゃないかなあ。かたちは凄くハードな機械にみえるけど、そこには魔法が秘められているんだ」
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人形に生命を与えるという行為、すなわちアニメーションと言っていいだろう。それはほとんど錬金術的な行為に繋がっている。
「そのとおりだね!」