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THINK PIECE

渋谷慶一郎

拡大する、渋谷慶一郎の「音楽的フィールド」

10 2/26 UP

Photo: Kenshu Shintsubo  Text: honeyee.com

亡き妻に捧げたピアノソロアルバム『ATAK015 for maria』の制作をターニングポイントに、
その音楽性に大きな変化が現れたように思える渋谷慶一郎。
その彼が先頃「全天候型ポップユニット」相対性理論とのコラボ作品『アワーミュージック』をリリースした。
コンピュータを駆使した、カッティングエッジなサウンドアートをクリエイトすることでこれまで知られてきた渋谷。
何故彼はここへきて、自身の音楽をアウトプットするひとつのカタチとしてポピュラーミュージックを選んだのか? 
拡大する、渋谷慶一郎の「音楽的フィールド」とは?

 

──
相対性理論とのコラボシングルで見られたボップな方向性というのは、元々ご自分の中にイメージとしてあったんでしょうか。
「自分では今までやってきたことと、そんなに大きく違わないつもりなんです。これはいきなり話がでかくなるのですが(笑)、20世紀以降、いわゆる純音楽をやる人はそれしかやらない、逆にポピュラーミュージックをやる人はひらすらヒット職人になるか、好きなことをやらないしそもそもそれが無い、というような住み分けというか分業が極まってきたと思います。で、これは音楽に形式とか定型が優位にあった時代には有効な話です。ある時期以降からポップスでも、曲の構成なんて誰も聴いてないですよね。それよりも、音色や音像といった一瞬のインパクトの比重が圧倒的に高い。僕がここ10年近くコンピュータでやってきたサウンドアートもそれと同じで、限られた時間で、知覚を更新するようなインパクトと密にしろ粗にしろ通常ではあり得ない情報量を提示するということの比重が極端に高い。なので両方とも、古典的な形式や構造というものから、一曲一音色のインパクト勝負のようなものになってきている。そういった状況の中、今まで自分が多重人格的に音楽をやってきたように見えるのが、今回のミニアルバムのように一聴すると、ポップなものとして結晶するというのは全然あり得るなと思っています」
──
サウンドアートを作っている時も、アウトプットの形は違うとは言え、メンタリティとしてはポップフィールドの人達に近かった、ということですか。
「それはありますね。世の中から完全に相手にされないことを、ずっとやり続けるのは興味がないんです。今新しい方法論を提示している人、特に自分とは違うやり方をしている人に興味があって、今回で言えば、その中の一つにポピュラーミュージックがあったという感じです」
──
とは言え、今回のシングルとこれまでやってきた音楽との間に大きなギャップを感じる受け手もいると思います。そこで、渋谷さんが考えるポップの定義や概念といったものについてお聞きしたいのですが。
「一言で言うと、情報圧縮ですね。音楽的にしろ文脈、記号的な意味にしろ情報が圧縮されたものは、最初に反応があってその後に分析や口コミがあり、そしてまた聴き直すというように、ひとつの音楽が何度も流通、通過しますよね。そこの振幅が作り出す状況がポップと定義されているわけで、別に何か特別なフォーマットがあるというわけではないと思います」
──
このコラボシングルを作ることになったのは、何かきっかけがあったんですか。
「前回の『for maria』というアルバムは、僕にとっても受け手にとっても、消化するのに時間がかかるような濃密な作品になったと思っています。そして、それを軸に他の作品を作ることが、自分にとっての次の仕事だなと感じたんです。一つは、『for maria』全曲、つまりピアノの曲を徹底的に解体して抽象的なインスタレーションにすること。そしてもう一つはポップミュージック化、つまりもっと構造を強固にする、という両極のアイディアを思いつきました。インスタレーションの方はアルバム完成から一ヶ月程でYCAM(山口情報芸術センター)で作業を始めて完成、現在も展示されています。次にポップミュージックを誰とやろうかと考えてた時に、思いついたのが相対性理論でした。一人でコンピュータでやるのではなく、人と仕事がしたかった。で、特にバンドと一緒にやることに魅力を感じました」

 

──
バンドとのコラボレーションというのは今までになかったと思うのですが、実際にやってみた感想を教えて下さい。
「自分もバンドの一員のように、一緒にスタジオに入ってセッションしました。かなりの時間を費やしたんですが、意見を出し合ったり、ダメ出しし合ったりという作業がとても新鮮でしたね。彼らは、歳は僕より結構下なんですが、感覚的には近いものがありました。あとギターの永井君が、僕と実家のマンションが一緒だったということが発覚して非常にびっくりしました(笑)。相対性理論は詞というか言葉で解釈されることが多いけど、それはそういう批評の方法が楽だから多いだけで、実際は音色ありきのバンドだと思うんです。永井君とも話していたんですが、聴かせたい音色があった時に、やっぱり一定時間のコードやフローが必要で、そのためにメロディがある。『この熱いメロディを聴いてくれ』というのではなく、聴かせたい響きや音色があって、その持続としてメロディがあって、あるなら良いメロディのほうがいい。それが結果としてポップミュージックになっている、という部分は共通しているなと思いました」
──
相対性理論というフィルターを通すことで、渋谷さんが想像もしないようなリスナーに出会う可能性があると思うのですが、そこに対しての期待感はありますか。
「それはあります。自分が知らなかったリスナーと出会いたいというのは、『for maria』を作っている頃からあったので」
──
今後、渋谷さんが作品を作っていく上では、今回の様にポップのフォーマットに則したものになっていくんでしょうか。
「ボーカリストを迎えるというスタイルは、続けてもいいかなと思っています。また、アコースティックだと清水靖晃さんとサックスとピアノでやるコンサートもあるし、ポップミュージックのプロデュースの予定もあります。他にも、これはコンピュータのほうで荒川修作さんのドキュメンタリー映画のサウンドトラックもやることになっていたり、様々です。あと夏にドイツで大きなコンサートがあります」