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THINK PIECE

鉄男/TETSUO THE IRON MAN

『鉄男』から『鉄男 THE BULLET MAN』までの軌跡

10 5/19 UP

text: Milkman Saito

『鉄男II/BODY HAMMER』('92)

その3年後……1992年に現出したのが『鉄男II/BODY HAMMER』だ。

これは続編ではない。なにより物語が理解しやすい(笑)。というか、眼前で展開されている物語はおそろしく非現実的ではあるけれど、とりあえずきちんとハナシが進行していく。それにカラーである(印象的にコレがかなり大きかった)。

前作『鉄男』のハチャメチャさ(まあ、最初に観た時は誰もがそう思う)に熱狂した観客は、最初けっこうとまどった。しかし、映画単体としてみると、これはこれで恐るべき爆弾だったのだ。いわば前作のモチーフである「肉体と鉄の融合」を、もう少しSF的なロジック(あくまで疑似化学的な、という意味でだが)のもと、都市/金属のブルーと肉体/溶鉱炉のオレンジの対比も鮮やかに展開した現世破壊の夢想である。

主人公はやはり田口トモロヲ(=役名は谷口)。しかし妻(叶岡伸、もちろん前作の眼鏡女とは無関係)とのあいだに息子がいる。しかしある日、その息子がスキンヘッドの二人組に連れ去られ、ビルの屋上から落とされようとする。逆上した谷口が我に返ったときには……息子は肉塊と化していた。怒りによって一瞬、自分が銃器となった記憶に苛まれるなか、谷口は巨大な倉庫に拉致。そこには“やつ”(塚本晋也)が鎮座していて、何十人ものマッチョなスキンヘッド集団を鍛えに鍛えていた。彼らは肉体を機械に変え、融合し、世界を破壊する幻想に憑かれた者たちだ。
拘束椅子に縛られた谷口は電気的な衝撃を加えられるや……身体が鉄化、銃器と化して逃走する。だが“やつ”は谷口の妻を誘拐。いよいよ人間銃となった谷口は“やつ”との対決のときを迎えるが、実は谷口には失われた過去の記憶の中で、“やつ”との深い因縁があったのだ……。

思えばこのほんの少し後、あのオウム真理教事件が起こってしまったのである。超越者として目覚めるべく、現世をリセットしようとした者たちのヴィジョンが、本作の“やつ”の集団と重なってみえる。実際に本作のアクション・シーンの屋外撮影中(ロケーション・シーンはすべてがゲリラ撮影である)、サリン事件前夜ではあったけれどロケハン時から完全に目をつけられてた監督はじめスタッフは(多くがスキンヘッドだったし)警察に連行されてしまったのだとか。

それはともあれ、たくさんの男たちがほとんど全裸で苦行するさまは(たとえ表面的なものであっても)強烈にホモ・エロティックで、いかにも秘教的だ。映画は終盤、すべてが巨大な鉄の銃器として融合し、その結末としての世界破壊のヴィジョンをまざまざと見せつけるのであるけれど……間違いなく当時の観客は(僕を含め)その光景を、恐怖というよりは快感をもって見つめていたのだと思う。

一度ぶっ壊れてしまえばいいのだ、こんな世界は。……と、そのときは誰もが思っていた。

 

『鉄男 THE BULLET MAN』('10)

『鉄男』はウケた。一作目も、『II』も。日本だけでなく世界中で。

ギャスパー・ノエ、ダーレン・アロノフスキーら「塚本チルドレン」を自ら名乗る若き作家も出現。ナイン・インチ・ネイルズは塚本晋也にPVの演出を依頼した。クェンティン・タランティーノは「鉄男アメリカ」を本気で企画した。

だが様々なことがあって、鉄男(……という名称も面白いものだ。このシリーズ、というか連作に、「鉄男」というキャラクターは登場しない!)は、何年経ってもアメリカには甦らなかった。その間に塚本晋也は多数の「鉄男」以外の作品を発表、いわゆるジャンル映画の創り手としてだけでは収まらない、ひとりの映画作家として世界で認知されていく(…という事実が、豊富な受賞歴・ノミネート歴まであるものの日本ではいまひとつ認知されていない気がするぞ)。

そして2010年。鉄男(しつこいけれど、別にそういう名前じゃないのだが)は東京に、しかし日系アメリカ人として甦った。それが『鉄男 THE BULLET MAN』だ。
またしても続編ではない。しかし「II」の要素はかなり濃い。

今回の主人公・アンソニー(暗黒舞踏のパフォーマーでもあるエリック・ボシック)にも妻と息子がいる。「II」と一緒だ。しかし彼の幸せには少し陰りがあった。妻(桃生亜希子)の精神不安。もと生化学者の父による頻繁な体調検診。

ある日、その最愛の息子が謎の黒い車に轢き殺されてしまう。しかもアンソニーの目の前で。その時、彼は見てしまったのだ、息子の手が黒い鉄に変わり、真っ黒なオイルの血を流すのを……。
妻が偏執の念を濃くする中、アンソニーは心の均衡を崩すまいと必死の思いでいる。なぜなら幼少より、両親にそれを厳しく躾けられてきたから。……だが、息子を轢き殺したのが“やつ”(塚本晋也)であると明確になった途端、アンソニーの内に眠っていた「鉄の血」が爆発し、身体が変容しはじめる。さらにネットを介しての“やつ”の情報提供により、自分がある「計画」の中で生まれてしまった人間銃器であることを知ってしまったアンソニーは暴走、“やつ”に挑発されるがまま、世界を破壊へと導く究極兵器へ変貌していく……。

塚本晋也のフィルモグラフィを眺めてみると、多様なテーマについて器用にアプローチしていくタイプの作家でないことは明らかだ。むしろ、ひとつのテーマをパラフレーズし深化させていくという傾向が強い。この「鉄男」シリーズ第三作は物語をみても判るとおり、いうなれば『鉄男II』と『ヴィタール』(’04)が交差したところにあるといってもいいかもしれない。アンソニーにまつわる親と子の関係。生者以上の、死者との密接な繋がり。「生体」と「物質」との距離感。……それらの微妙な均衡を突き崩し、世界変革の妄執に利用しようとするのが“やつ”なのだ。

この映画のラストを、一作目からのファンはどう観るのだろう。あの頃はみんな世界まるごと、すべてが崩れればいいと思っていた。だが、それは今や夢想でなく、本当に“崩れ去る”ことの、その一端を見てしまった。塚本晋也は、今まではっきりとは見せなかった「終末のヴィジョン」を今回はっきりと見せつける。しかも恐ろしいまでに美しく。

 

『完全鉄男』

価格:5,460円(税込)発売中
出版社: 講談社 
サイズ:B5版 豪華BOXケース入り
特典:89年の劇場公開版より10分長い幻の『鉄男 THE FIRST CUT』DVD付き

「鉄男」に人生の何パーセントかを狂わせられた人は多いだろう。そういうあなたはコレを持っていないと絶対後悔することになる、いやマジで。

160ページのブック『完全鉄男 B5サイズの鉄男シリーズ研究書』は、シリーズ3作品の貴重な資料、写真などで構成。これまで雑誌、宣伝等で使われなかったスチール写真はもちろん、撮影現場のオフショット、絵コンテや台本のほか、田口トモロヲ&エリック・ボシックへの新旧鉄男インタヴュー、5万字を超える塚本監督へのロングロングインタビューを掲載(このインタヴュー群をミルクマン斉藤が担当)。面白いところでは、塚本監督が手がけた大槻ケンジ出演のコマ撮りCM作品や、世界的に評価を受けたMTVステーションIDを誌面で再現。タランティーノ制作で作られるはずだった「鉄男アメリカ」の真相なども語られる。

さらに! 一作目の『鉄男』の、劇場公開版より10分長いヴァージョンである『鉄男THE FIRST CUT』のDVDつき! '89年公開当時、ごくわずかな制作スタッフしか見たことがないという、まさに幻のバージョン。この『鉄男THE FIRST CUT』では、六平直正が演じる医師が “やつ”に殺害される場面など数シーンが復活! 完璧主義者で知られる塚本監督は、「できれば世に出したくない」と、このヴァージョンを今後セルDVDとして販売しないことを明言しており、これが手に入れる最後のチャンスとなるわけだ!


 

『鉄男』
『鉄男Ⅱ/BODY HAMMER SUPER REMIX VERSION』

各¥3,990[税込] 発売中
発売:アスミック 販売:角川映画

 

『鉄男 THE BULLET MAN』

監督:塚本晋也
出演:エリック・ボシック/桃生亜希子/中村優子/ステファン・サラザン/塚本晋也 
プロデューサー:川原伸一、谷島正之 
脚本:塚本晋也、黒木久勝
音楽:石川忠 
制作プロダクション:海獣シアター
配給:アスミック・エース   
2009年/日本/71分/全篇英語/日本語字幕/カラー/ヨーロピアン・ヴィスタ/ドルビーデジタル
5月22日(土) シネマライズ他全国ロードショー
© TETSUO THE BULLET MAN GROUP 2009

http://tetsuo-project.jp/