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THINK PIECE

Paris Photo 2014

写真集だけが写真を語らせることができる
パリフォトに見る写真集の熱気とその現状

14 12/18 UP

Photo & Text:Takashi Okimoto

 

写真集が写真家のフロンティアであり続ける理由

メイド・イン・ジャパンの台頭はベテラン勢ばかりではない。若手写真家やパブリッシャーがパリの市場へ直接アプローチするケースも目立っている。中でもアートビートパブリッシャーズから2冊の写真集『site/cloud』『CORPUS』、offprintに出展した大山光平のアートブックレーベル「Newfave」から『VERTIGO』と手製によるワンオフの写真集『Matter』などを販売した横田大輔(※8)は、海外のメディアから注目を集める日本人の若手写真家のひとりだ。

横田の作品はフィルムとデジタルを併用し、フィルムの高温現像で生じた塵や芥をスキャンで取り込んで合成に使うなど、かつて森山大道が“アレ・ブレ・ボケ”としてフィルムを極限まで追い込んで表現した手法を連想させるラフな趣がある。それは現実を切り取ってストレートに見せる写真とは異なるものの、記憶のアーカイブを介さない写真と言えばよいのだろうか、次の展開がまったく予想できない刺激的な体験をもたらすビジュアルを“繰り出す”タイプの写真家である。

その横田が作品表現の舞台として選んだのは写真集だ。とくにoffprintのNewfaveのブースで売られていた、電話帳を泥水に漬け込んで乾かしたような一冊のみ制作される手製の写真集『Matter』(物質)は圧巻で、一見して“ゴミ”にしか見えないものの、よく見ると1枚1枚に多くのイメージが重ね焼きされ、さらに紙の上からニスを手塗りするなど手の込んだつくりになっている。まさに魂を込めたビジュアルの塊と言える一冊だが、これがパリで評判を呼んだ。1冊あたり600ユーロ(約8万円)のプライスが付けられたにも関わらず、用意した冊子はすべて完売というから驚きだ。

自らの手で写真集を制作する理由について、横田は本をつくる行為が身近だからと前置きしたうえでこう話す。「できれば、他の人と違うスタイルを模索してつくりたいと思っています。写真は道具(カメラ)を使うからイメージも本にしてもどこか型(かた)が似てくるわけだし、最終的な作品の良し悪しの価値基準が曖昧な気もします。そういう状況に対して、違う方向性や可能性を探れないかと思ってはいます」。制約あるいは横並びの状況からどのように越境していくか。それは今日の写真家に課せられたテーマでもある。同時に彼ら越境の世代にとって写真集は、古くて身近ではあるけれども挑戦しがいのあるフロンティアでもあるのだろう。

横田の例はほんの一例にすぎない。彼以外にも日本からパリへやってきた多くの若い写真家と出会ったし、ギャラリストや出版コーディネイター、編集者といった写真に関わる多くの若者たちも集っていた。そして彼らも例外なく写真集に惹き付けられている。なぜ写真集はわれわれをここまで魅了するのか。この古いメディアが持つ根源的な力の正体は何なのか。その答えを導き出すのは別の機会にしておくが、ひとつ言えるのはビジュアル表現の一形態である写真は寡黙で語らない。だから写真集が必要になる。なぜなら、写真集だけが写真を雄弁に語らせることができる唯一のメディアなのだから。

 

今年で5回目を迎える写真集&アートブックイベント「offprint」。会場は市内の国立美術大学の校舎が使われる。例年に比べると写真集関係者は減り、代わりにアートブックの出展が増えていた

offprint出品された横田大輔の手製写真集『Matter』(左2点)。見た目は完全にゴミだが、1枚の写真に数多くのイメージが重ね焼きされ上からニスを手塗りするなどクオリティは高い

 

出版ディレクター、大山光平が主宰するNewfaveのブースの注目度は高く、横田大輔(写真右)の写真集『VERTIGO』や手製写真集に注がれる写真関係者の眼差しは熱かった

写真家・横田大輔。これからコンテンポラリーフォトグラフの世界で期待される日本人作家のひとり。予定調和の無い、記憶のアーカイブを介さない写真への期待値は大きい

 

※8 横田大輔(よこた・だいすけ) 1983年、埼玉県生まれの写真家。2010年、第2回写真「1_WALL」展グランプリ。2013年に写真集『site/cloud』(アートビートパブリッシャーズ)、2014年に『VERTIGO』(Newfave)、『CORPUS』(アートビートパブリッシャーズ)を出版。http://daisukeyokota.net