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THINK PIECE

Paris photo 2015

同時多発テロの直撃を受けたパリフォト2015
テロルの時代に翻弄されるアートフェアの行先

16 1/19 UP

Photo & Text:Takashi Okimoto

 

二分化する市場と日本写真の現状

さて、2015年のパリフォトはどんな催しだったのか。ここ数年来の1970年代以前のヴインテージ・プリントブームは依然として続いているが、それもやや沈静化の動きを見せている。2015年の写真プリントの販売を手がけるギャラリーブースの状況は、主に美術館を顧客対象としているヴインテージ・プリント主体のアカデミックな作品を扱うギャラリーと、若年層の新しい年代層や欧州以外のコレクターを対象に若手や新興地域の作品を取り扱うギャラリーに二分された印象だった。前者は写真史上あるいは美術史上重要な作家や作品に注力しているギャラリーという意味で、火曜日と水曜日にはすでに顧客と商談が終わっていて、一般公開される木曜日には作品がすでに売約済みということが多い。2000年代以降、作品の研究と作家の発掘がさらに進んだことやロンドンのテート・モダンなど写真を収蔵対象とする美術館が増えたことが背景にある。後者は、現代美術寄りの写真作家や新興作家を中心に取り扱うギャラリーを指す。彼らはおそらくIT企業経営や投資家など世界各地に点在する新富裕層を顧客としており、その動きは現代美術の市場ともシンクロさせているようだ。広いオフィスや自宅を持つ顧客たちのために、幅が2m近い大きなサイズの作品を取り扱っているのが特徴だ。

日本から出展したギャラリーのうち、アカデミックな作品の取り扱っていたのがパリにも拠点をもつタカ・イシイギャラリー(※2)と、初出展したユミコチバアソシエイツ(※3)である。森山大道、荒木経惟という日本を代表するふたりの写真家の作品を扱うタカ・イシイギャラリーは、荒木と森山のほか、奈良原一高、鈴木清、浜口タカシ、山内道雄のヴインテージ・プリントを持ち込んだ。かねてから会場で注目を集める日本写真のよき時代のヴインテージプリントは、実際にそれを見ることだけでも貴重な機会であり、会場では話題を呼んだ。さらに、そのなかでも現代写真のマスターピースと呼ぶべき荒木と森山の作品については、グラン・パレの2階に設けられた特設会場で荒木は約二千枚の作家秘蔵のポラロイドを白い壁一面に敷き詰めた「Pola Eros」を、森山は初出展となるアキオ・ナガサワから名作「写真よさようなら」シリーズの80枚コンプリートセットが出品され、関係者の度肝を抜いた。

初出展したユミコチバアソシエイツは、1960ー70年代に活動した日本の現代美術作家の写真作品に絞った展開が関係者の目を引いた。高松次郎、若江漢字、植松奎二、今井祝雄、眞板雅文らの作品はすべて一点しか存在しないユニークプリントであり、代表の千葉由美子氏の意志で美術館または、著名な企業もしくはプライベートコレクション以外へは販売しないという方針を貫いた。作品の散逸を避けるための措置という理由は当然としても、強気な姿勢にある種の決意を感じる。

動き続ける写真集ブーム

写真集のブースは2015年も盛況だった。これまで今日の写真集ブームを牽引していたドイツのシュタイデル(Steidl)社が不参加だったほかは、NYのアパチャー(Aperture)、ロンドンのファイドン(Phaidon)、MACK、東京のbookshop Mなどが新刊写真集を発表し好評を得ていた。出版ブースは昨年よりも拡大され、古書店を中心に出展者はさらに増加した。毎年恒例の「パリフォト-アパチャー財団写真集賞」は今年も実施され、「今年の写真集」「ファースト写真集」「写真集カタログ」の3つのカテゴリーで受賞者が選出された。同賞は年を重ねるごとに装幀・造本のギミックやアイデア&コンセプトが突出した写真集が受賞対象に選ばれる傾向が強くなっている。例えば、2015年の「ファースト写真集」カテゴリーの受賞作品『YOU HAVEN’T SEEN THEIR FACES』(作者、ダニエル・メイリット)は、2011年にロンドンで起こった暴動をテーマにした政治色の強い一冊だが、大型のメモパッドを模した装幀が評判を呼んだ。こうした装幀・ギミックにこだわった写真集が注目される傾向はここ2-3年顕著で、これら写真集の大半が自費出版によるという事実は興味深い。写真集の拡張やブックメディアの物質性を問いただすという視点から見ると、ここに出版不況に対するひとつの処方箋が示されていると思われる。

日本から出版ブースに出展した町口覚・景兄弟が率いるbookshop M(※4)は、2015年で通算8回目の出展で、新刊は森山大道『Daido Moriyama:Terayama』とグレート・ザ・歌舞伎町『GREAT THE KABUKICHO』。販売は例年になく良い調子で進み、会場に持ち込んだ1,200冊を5日間で完売させる勢いだったが、テロで週末の販売機会を失ったのは周知の通り。写真集のイベントについては、パリフォト以外にもグラン・パレに近いコンコルド橋近くの観光船を会場とした写真集イベント「Polycopies」(※5)や、offprintが開催されている。特に今年のoffprintは盛況で、パリフォトでは見られないインディペンデントなパブリッシャーが集う熱気あるイベントだった。

東京のアキオ・ナガサワが持ち込んだ森山大道「写真よさようなら」シリーズのプリントセット80点は圧巻の展示。森山の意向で、1972年に発行されたオリジナル写真集よりも点数を増やした

 

森山「写真よさようなら」のはす向かいに飾られたタカ・イシイギャラリーによる約二千枚のポラロイド作品からなる荒木経惟「Pola Eros」(部分拡大)。森山と荒木の存在はいまや写真界のマスターピースと言えよう

鈴木理策「水鏡14, WM-77」「水鏡14, WM-79」(2014年)。今年、香川県丸亀市猪熊弦一郎現代美術館と東京オペラシティ アートギャラリーで開催された「鈴木理策写真展 意識の流れ」の出展作

 

会場で話題を呼んでいた世界のVIPの身体パーツを合成したポートレート作品(左)と、ドキュメンタリー映画の公開で話題を呼んだソール・ライターの作品(右)。それぞれデジタルとアナログによる対照的な二作品

日本から初出展したユミコチバアソシエイツは、1970年代の日本の現代美術作家の写真作品を展示した。美術家・若江漢字によるウオーホルをオマージュとした写真作品(右)と、同デュシャンのオマージュ作品(左)