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Photo & Text:Takashi Okimoto
2015年のパリで注目を集めていた若手写真家は横田大輔(※6)だろう。2014年のoffprintでは手製の写真集『Matter』が評判を呼んだが、2015年は写真をガラスに転写した作品『glass』が注目を集めた。横田の写真は、主にデジタル撮影したイメージに銀塩写真の技法を加えて作品化される。そのイメージは森山大道や中平卓馬が60年代に「アレ・ブレ・ボケ」として追求した写真を彷彿させるラフなもので、一見して写真に見えない作品も多い。ロール印画紙を現像してくしゃくしゃに丸めた紙ゴミのようなインスタレーション作品もあれば、先述の『Matter』に至っては電話帳を泥水に漬け込んで乾かしたゴミのような写真集だ。なぜ、きわめてラフな横田の作品がここまで注目されるのだろうか。offprintで『glass』を販売したNewfaveの大山光平は、横田が海外で注目される理由について「写真のコンテクストが細分化し、ボーダーが薄れていくことで新しい潮流が見えづらくなっているなかで、写真をベースとした高度な実験性と日本写真の特徴のひとつである叙情性を持ち合わせている点が際立っており、そこが評価となっているのではないでしょうか」と話す。
こうした動きを横田本人はどう受け止めているのか。金曜日に行われた新作展示イベント会場で横田に会い、話を聞いた。「新作は写真集『Matter』をネガに印画紙に直接焼き付けして制作したものです。一度印刷物になった写真を印画紙に還元し、“循環”させることがテーマです。制作においても“循環”を意識して、「ソラリゼーション」(白黒を反転する技法)を使いました」。横田作品で重要なのは、イメージはデジタルカメラで撮影したものであっても必ず銀塩写真の技術を使うことだ。今回はソラリゼーションと印画紙を用いたが、熱湯現像や4×5のシートフィルムを使うこともある。銀塩写真に由来するあらゆる技術や材料、手順を動員して新作に挑むのが彼の基本的な創作に対する姿勢だ。横田の作品が若さゆえの暴走と捉えられないのは、銀塩写真の技術を制作プロセスに組み込むことで「写真であること」を担保しているからではないだろうか。
横田は、銀塩写真の技術にこだわる理由をこう話す。「写真の技術を引用して自分なりに写真の可能性を探っていますが、重要なのは写真という型(かた)の中でどれだけ実験ができるかという点です。ビジュアルが物質と結びついて手に取れる仕組みで、写真の支持体であるフィルムや印画紙はすごく重要な存在だと思うんです。カラーフィルムのテクノロジーとか、真剣にすごい技術だと思っている。写真以外の表現から多く刺激やアイデアを受けますが、その影響の中での制作を自分の経験に置き換える必要があります。そのうえで、僕はあくまでも写真という型を制限として設ける事で、逆に可能性が広がると思っているんです」
また、写真の価値基準を測る前提となる要素のひとつとして写真の記録性が挙げられるが、横田はこれについて独自の考えを持っている。「フィルムからデジタルの時代になって、物質感が失われることで写真がよりビジュアルそのものになると、写真の記録性はますます強くなる。もちろん、写真にとって記録性は大事な要素ですけれど、記録性にばかり目が向くことで写真の道具や技術が本来持っている可能性を消してしまう可能性があると思うんです。僕は写真の記録性を違う角度、具体的には技術面から問い直していきたいと思っています」。
写真を技術の面からもう一度見直そうという横田の態度は非常に興味深い。また、彼が写真の記録性に対して疑いを持っているところにも注目するべきだろう。横田への支持が表層的な部分に留まらないのは、写真に対するロマンを超えた純粋な意識がありつつもつねに作品に対して批評的な視線を向け続ける、彼の姿勢があるからだろう。ただ、伝統的な銀塩写真の技法はそれほど幅が広いものではないし、すでに消滅しつつある技術も多い。いずれ横田も実験をやり尽くし壁に行き当たる時がやってくるだろう。それでも、かつて森山大道がスランプを脱してより強固な世界性を獲得したように、横田も彼ならではのやり方で、写真の新しい価値や文脈を見つけ出す可能性に筆者は期待をしている。
今年のパリでも注目の的だった写真家・横田大輔。テロが起きた13日の金曜日の晩、セーヌ川を挟んだ同時多発テロ現場の反対側で、前日公開制作した作品の展示会を開催した
offprintに出展した大山光平が主宰するNewfaveのブースで注目を集めた横田大輔の新作『glass』。ガラスにイメージを印刷したもので、2点のイメージのセットで販売されていた
横田大輔の最新写真集『垂乳根』(Session Press)は、パリフォト会場で開催される「パリフォト-アパチャー財団写真集賞」にもノミネートされた
ヤコブ・ソボルによるウクライナのドキュメンタリー・ポートレート作品(左)と、タイヨ・オノラト&ニコ・クレブスの新作「EURASIA」(右)。個人的に今年のパリフォト会場で印象に残った作家たち