16 1/19 UP
Photo & Text:Takashi Okimoto
パリフォトの話に戻そう。同時多発テロ以降のパリフォトやアートフェアはどうなるのか。来年以降はテロの影響でアートコレクターの足がパリから遠のいてしまうのではないかという悲観的な予測も囁かれているが、実際はどうであるか。海外アートフェアへの参加実績が豊富なタカ・イシイギャラリーの代表・石井孝之氏は、「アートマーケット全体にはあまり影響は無いが、パリで行われるパリフォトや現代美術のフェア『フィアック』(FIAC)には多少なりとも余波があると思います。パリ以外の大都市で開催されるフェアも敬遠されるのではないでしょうか」と話す。今回の同時多発テロはアートイベントもテロの対象になりうる現実を示したが、その結果ギャラリーの顧客や新富裕層コレクターがパリフォト訪問をキャンセルするという深刻な事態が起こった。パリフォトを経済的に支えているのは彼らであり、多くは資本家層に属すると思われる彼らはテロや経済の動きには敏感であろう。しかし、彼らがテロを恐れ続けるかというとそこは疑問符が付く。石井は、今後のテロとアートフェアの状況をこう分析する。「今後一年の間に米国・ヨーロッパ域内で何も起こらなければマーケットは通常に戻ると思います」。アートマーケットは経済とほぼ同じ原理で動いている。テロが起こらなければ、市場も平穏さを取り戻すというわけだ。
同じくパリフォトに出展した日本のギャラリーで、アートフェアへの参加経験が豊富なユミコチバアソシエイツ代表の千葉由美子氏は資本主義経済とアートの関係についてこう指摘する。「資本主義が続く限り、アートフェアは続くでしょう。いまがテロの時代だとしても、資本主義が続く限り私たちはアートフェアをやめることができない。アートは資本主義の一部であり、マーケットはこの数年でこれまでになく肥大化し、フェアはそうしたマーケットを存続するために重要なものとなっています」。われわれは芸術とか表現は戦争やテロといった暴力の対局にあるものと考えがちだが、実際はアートもテロも等しく資本主義の落とし子であり、同じ地平線上に並列して存在するものだ。資本主義が生み出すカネは富の偏在によるテロや殺戮を生みつつも、アートを売買するマーケットも育んでいく。その構造が変わることは当分ない。
出版ブースに出展したbookshop Mの町口覚氏は、パリフォトの土日の開催日が無くなったことで、パリに持ち込んだ1,200冊の写真集を完売させることができなかった。例年は土日の2日間で全冊数の半分以上が売れるというから、イベント中止は痛手だ。それでも町口は、パリフォト中止の決定は運営者の英断と評価する。「集客することに対する責任を考えたら、やはり中止にするのが正しい判断だった思います。来年以降もフェアを続けていくという覚悟がなければ、こういう迅速な判断はできなかったのではないでしょうか」。町口は来年もパリフォトに出展するという。それはパリフォトが欧州最大かつ最も権威がある写真のイベントだからで、その現場に立つことは日本写真を支える彼らのプライドでもある。日本の出展者は地球を半周した極東から額装したプリントや重い写真集を持ち込むのだし、出展料も安くはない。相応の覚悟と出費でパリフォトに出展しているのだから、運営側に王道的なジャッジメントを期待するのは当然だ。
2016年以降のパリフォトだが、今後も美術館に収蔵する作品を売買するアカデミックな写真マーケットとしてはプライオリティを保つだろう。すでに通算19回開催した実績に基づいた相応の格式があるからだ。ただ、コレクター対象の写真マーケットとしては少なからずテロのダメージが残る可能性はある。千葉由美子氏はテロ以降のパリフォトの行方は、“場所性”がキーになると指摘する。グラン・パレは築115年のフランスが誇る美の殿堂だが、古いだけにさすがに警備面は問題がある。繊細なアール・デコのガラスの天井ドームが自爆テロに耐えるとはとても思えない。とはいえ、グラン・パレと同等の格式を保てて、厳重な警備が可能な会場を市内で見つけるのは至難の業だ。フランス政府を含めた運営側はグラン・パレを自爆テロに余裕で耐える構造に改装するとか、警備のレベルを数段引き上げる(軍隊に警備させる等)とか、会場を郊外に移転させるといった抜本的な対策を迫られるだろう。テロと戦うには相応の資金と人手と時間が必要だが、パリフォトも例外ではない。少なくとも、2016年の春を迎えるまでには、何らかの決断を下さなくてはならないだろう。運営側の動きには要注目と言えそうだ。
パリフォト会場の出版社ブースに出展したbookshop Mの代表、町口覚(左)。2008年以来、8年連続でパリフォトに出展している彼らは、世界中でムーブメントとなっている写真集ブームの中心的存在でもある
グラン・パレにほど近い、コンコルド橋の近くの観光船を借りて船内を会場とした写真集イベント「Polycopies」は、今回で2回目の開催。テロの翌日も他のイベントが中止を宣言するなかで14日の開催に踏み切った
写真集を含めたアート本のフェアである「offprint」は昨年同様、パリ国立美術大学の校舎で開催したが、同時多発テロを受けた大統領府が国立施設の緊急閉鎖を決定したため途中で中止された
ルーブル美術館地下のカルーゼル・デュ・ルーヴルで開催されたフォトフェア「fotofever」。パリフォトよりも参加の敷居が低いイベント。メインビジュアルは日本の若手作家である高倉大輔の作品が採用された
fotofeverに出展した、ギャラリスト・松本綾子の「nap gallery」は、ギャラリー・ハシモトと共同でブースを設置、本城直季や鷹野隆大、森山大道、荒木経惟、髙橋恭司の作品を出品し好評を得た
Polycopiesで見つけたタバコ箱サイズの小さな写真集『UNTIL DEATH DO US PART』(jiaZashi)。結婚式にタバコをチェインスモークする中国の風習をテーマに、タバコパッケージを模した装幀が話題を呼んだ