08 8/25 UP
Text:Mayumi Horiguchi Photo:Shoichi Kajino
この怪人を演じる人物として、ドゥニしかイメージできなかったんだ。彼がベストだと思ったんだ。だから直接ドゥニに電話して、出演してくれって頼んだのさ。今回の彼は、以前より俳優として、より強い存在になっていたと思うよ」
ラヴァン演じる怪物は、“一文字菊”という特殊な花と紙幣を主食とし、“糞”という意味を持つメルドという名前を与えられている。これらには、どんな意図があるのか?
「菊は、日本の紋切り型のシンボルのひとつだからね。あとはマスク、傘もそうだね。クソ、というのは好きな言葉なんだ。すぐにこのタイトルは思いついたよ。この映画は、幼児退行化現象を起こしている、今の我々の時代について語っているんだ。この怪人メルドは、私たちみんなの子供のような存在だからね。子供って、すぐ“うんこ”とか言うだろう? それから、クソを漢字でどういう風に書くのか人に聞いてみて、書いてもらったら、この漢字がとても気に入ってしまってね。だから映画でも、この漢字を使うことにしたんだよ」と、“糞”が劇中の随所に現れる理由を語った。ところで、具体的に我々の社会は、どんな「幼児退行化現象を起こしている」というのだろう? カラックスは、タバコの火をくゆらせながら、またもささやくような小声で語る。
「この映画は、9.11以後に作られたものなので、当然テロリズムも組み入れられている。テロリストは恐怖を利用する。カウンター・テロリズムは、政府などに対抗して使われる。人々は、まるで幼児みたいだ。この映画では、幼児っぽさを際だたせるために、子供っぽい存在であるモンスターを使うことにした。日本においては、絞首刑は幼児退行化現象の最たるものだと言える。“やられたからやり返す”というのは、一番子供っぽい考え方だと思うが、それを体現しているのが絞首刑だ。死刑制度が残っている国ごとに、様々な死刑のやり方が存在しているが、日本の絞首刑という方法は、かなりひどいな、という印象は持っているね。そして、撮影後に感じた東京の印象として、ひとつ記憶に残ったことがある。基本的に、街に警官がいない。だけど、何かあると、誰かがすぐに警察を呼ぶ、“密告する社会”だということを感じた。普通なら、密告する人の方こそを制裁するべきが、正しい社会だと思うが、日本という国は、密告を推進するような社会だと感じたね」というカラックスの分析には、薄ら寒いものを感じずにはいられなかった。
世界中で2、3人しか同じ言語を話す人がいない怪人メルド。そのメルドは、カラックスの分身に他ならない。そういう意味でも今作は、彼のフィルモグラフィーの中で、小粒ながらも、存在理由を持つ作品として認識され続けるに違いない──奇妙な形で脳内に余韻を残し続ける、不思議な作品である。
© 2008『TOKYO!』
監督・脚本:ミシェル・ゴンドリー、レオス・カラックス、ポン・ジュノ
出演:藤谷文子、加瀬亮、ドゥニ・ラヴァン、ジャン=フランソワ・バルメ、香川照之、蒼井優ほか
配給:ビターズ・エンド
http://tokyo-movie.jp/