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THINK PIECE

I'M NOT THERE

トッド・ヘインズ監督自身が語る
映画「アイム・ノット・ゼア」に込めた想い。

08 5/1 UP

Text:Mayumi Horiguchi

ヘインズは、この映画を撮るにあたって、ディランに関する研究は重ねたが、本人に直接会い、話を聞いたり取材することはなかったという。
T :
「会う必要がなかったんだよ。僕に必要だったのは、ボブ・ディランという男を“理解”することではなかった。“体験”することだったのさ」
この「体験する」という姿勢は、ディランの音楽の楽しみ方にも繋がると、彼はいう。
T :
「ジョン・レノンが、ディランの音楽について、こう言ったんだ。『彼の発するすべての言葉を理解する必要はない』ってね。最高の音楽を説明するのにぴったりのコメントだよ。すべてを感じさえすればいいんだ。アレンジとサウンドと声のパフォーマンスが、言葉自体よりも、より多くを語っているのだから。もちろん、彼は才能ある詩人だから、歌詞自体も素晴らしいけれどね」
そして、この解釈の仕方は、まさに今作にも当てはまるものだと言う。
T :
「まさに、この映画と同じだよ。正確なディランの歴史や真実を伝えることが重要なんじゃない。ディランという人物をオープンにして、“体験”するんだよ。ディランという人物のつかみどころのない部分は、そのままにし続けておいてね」

 

ディランの曲「アイム・ノット・ゼア」は、その作品群の中でも、手に入りにくいものとして有名だった。彼が67年にザ・バンドと共に行った『ベースメント・テープス』セッションで録音された曲で、これまで海賊盤は出ていたものの、オフィシャル作品には未収録のままだったものだ。なぜヘインズは、タイトルとしてこの曲を採用したのだろう?
T :
「ミステリアスで、普通じゃない。まるでディランそのもののように、神秘性に満ちあふれているからだよ。人々はこの曲を理解しようともがき、手に入れようとした。既にこの曲は出来上がっているのに、今まで公式にリリースされなかったからね。この点も、まるでディランのようだ。人々はディランという人物を理解して、彼のひととなりを周囲に伝えようとするが、かなわない。この映画のタイトルにぴったりだと思ったよ。また、ランボーの詩節である“私はひとりの他者である”にも似ている。もし誰かが“私<アイ>”という言葉を発したら、その瞬間に、その人物は自分自身から切り離されて、他者になる。この概念は、映画のコンセプトにぴったりだと思ったよ」
この映画を製作中は、ずっとディランの音楽ばかり聴いていたという。
T :
「すっかりディランに浸かっていたよ。あとは、彼に影響を与えた他の音楽も聴いていたな。60年代のフォーク・ミュージックとか、初期の伝統的なアメリカン・ミュージックとかをね」
自身が個人的に一番好きなディランのアルバムは、66年に発売された7枚目のスタジオ・アルバムで、ロック史上初の2枚組LPである『ブロンド・オン・ブロンド』だとか。
T :
「ケイト・ブランシェットが演じる‘ジュード’のシーンで、このアルバムに収録されている曲『サッド・アイド・レディ・オブ・ザ・ローランズ』(邦題:ローランドの悲しい目の乙女)が演奏されるんだけど、一番好きな曲なんだ。この曲は、宇宙そのものだね。アメリカ文化の歴史のミニチュア版が、一曲の中に凝縮されていると言っていい。この曲が流れるシーンを見直すたびに“ワァオ! この曲を僕の映画に使えて幸せだ”って実感するんだよ」と嬉しそうに語った。
しかし、ヒース・レジャーの突然の死について語るヘインズは、重苦しく、悲しげであった。「オー! ゴッド……」という声を発した後、しばらく無言状態が続いた。