honeyee.com|Web Magazine「ハニカム」

Mail News

THINK PIECE

EDITORIAL PARADISE

「越境的編集者」菅付雅信の時代表現

09 4/6 UP

Photo:Shoichi Kajino Text:honeyee.com

四半世紀にわたりカルチャー、ファッション関係の編集に携わり、90年代以降、数多くのエポックな編集物を世に送り出してきた菅付雅信が、このたび自身の作品集『編集天国』をリリースし、それを記念する同名の編集作品展を開催した。紙媒体に限らず、WEB、広告、展覧会を「エディット」し、過去に前例の少ない編集者による作品集、展覧会に果敢に挑戦した菅付雅信。けもの道を歩みながら「編集」の領域を拡大し続ける「越境的編集者」が語る編集のメソッドとは?

菅付雅信(すがつけ・まさのぶ)

1964年宮崎県宮崎市生れ。『月刊カドカワ』編集部を経て、『ロックンロール・ニューズメーカー』、『CUT』の創刊に携わり、『エスクァイア日本版』編集部に。91年報雅堂を設立、代表取締役に就任。92年にスタイル・マガジン『コンポジット』を創刊。97年に再度新創刊し、合計34号を刊行。02年よりぴあ株式会社と編集長契約を結び、『インビテーション』を創刊。04年1月まで編集長を務める。また05年エコ・スタイル・マガジン『エココロ』を創刊。 06年有限会社菅付事務所設立。雑誌や書籍をはじめ、広告、展覧会、ウェブなどを「編集」する。

sugatsuke office,ltd
http://www.sugatsuke.com/

 

──
今回菅付さんは編集者の作品集を出し、編集者の作品展を開催したわけですが、編集者が作品集を出し、作品展を行うというのは一般的にはかなりイメージし難いものですよね。
「確かにイメージし難いでしょうね。作品展をやるギャラリーの方からも『何故編集者が作品展をやるのか? ギャラリーのWEBサイトで詳しく説明をさせて下さい』という連絡があったんです。編集者の作品展というものは前例がないようで、『編集者の作品展って、何をやるんですか?』という問い合わせが多かったようなんです」
──
何故編集者としての作品集を出し、作品展を開催しようと考えたのでしょうか。
「自分の顔を世間に売っていこうという考えは全く無いんです。確かに、クリエイティブの仕事は無名であるよりもある程度名前が通っていた方が、企画が通りやすくなりますし、色んな人とも出会いやすくなるということはありますが。やはり、1年半前に『東京の編集』という本を出して、その本は尊敬する編集者の先輩方をインタビュー形式で紹介するという内容なんですけれど、その本の評判が良くて、版元さんから『続けてやりましょう』というお話を頂いたのがきっかけ。はじめは自分の作品集とは別のものを考えていたんですけれど、製作にかなりの時間がかかりそうだったので、それならば、『東京の編集』の余韻が残っている今のタイミングでやれること、と考えて自分の作品集を出そうと」
──
この作品集は、「編集物」という「作品」と呼べるかどうかが曖昧なものに対し作品としての輪郭、カタチを与えようとしていますね。
「編集者は出版物に一番近い存在でありながら、編集者の考え方がダイレクトに伝わるような出版物って、ほとんどありませんよね。それに、編集者にはアート・ディレクターのような賞もなければメンバーズクラブも無い。毎日出版文化賞や講談社出版文化賞などでアート・ディレクターや著者に賞は送られますけれど、編集者には送られない。そういったことが不思議だったんですよ。編集者自身が『これは自分が作ったものです』ということを発信してもいいような気がしていて、誰もやらないなら自分でやってみようと」

 

──
アート・ディレクターや著者の仕事は、成果が目に見えて理解しやすいですけれど、編集者の仕事の範囲は広くて曖昧なものだから分かりにくいという部分がありますよね。携わる媒体によって仕事の内容も大きく変わりますし。菅付さんご自身の編集の定義を教えて下さい。
「それは難しい質問ですね。企画を立て、人を集め、モノを完成させる。今の僕にはそれ以上の定義は出来ないかもしれません。印刷物の編集というのは分かりやすいかもしれないですけれど、ウェブや広告の『編集』と言ったところで、『菅付さんは一体何をしているの?』という風になりますから」

──
実際、今回の作品集に収められているものは紙媒体に限ったものではありませんね。
「そうですね。紙は好きですし、得意な分野ですけれど、『編集』というものは紙媒体に限ったものではないと思うんです。僕は1983年から編集の仕事を始めたんですけれど、当時は、まさにキャプテンシステムのような『ニューメディア』が出てきた時代。そのときから紙以外の媒体も増えていくんだろうなという思いがあったんですよ。物事を伝えることの本質はどんなメディアでも変わらないので、紙は好きですけれど、紙に対するノスタルジーはないですね」
──
プロダクトを作るという感覚で出版物を作っているわけではない。
「そうですね。僕は中身のコンテンツを作っている。例えばミュージシャンの場合、80年代はアナログレコード、90年代はCD、2000年代は音楽配信というように音楽を入れる『器』を変えてきたわけですけれど、求められるのは中身、コンテンツですよね。僕の場合は、テキストとイメージをアンサンブルさせたコンテンツを作っているわけです。写真、スタイリング、原稿、デザインを誰かに頼んで、テキストとイメージをアンサンブルさせたものを作る」